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小田原OTでAct.の話をしました

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本日、小田原OT勉強会でAct.のお話をしてきました (^^)
国際医療福祉大学のU先生、お世話になりました。
どうもありがとうございました m(_ _)m
参加してくださったみなさま、お疲れさまでした m(_ _)m

小田原OT勉強会は、
のんびりした勉強会、勉強会としての機能の最少限に絞っているので
のんびりゆったりした雰囲気なのも、ウリのひとつです。

そのつもりで、私もついのんびりゆったりしていたら
本当にたくさんの方にご参加いただきました。
ありがとうございます。なのに。
資料が足りずにバタバタして、開始までお待たせしてしまい大変申し訳ありませんでした。

テーマは「認知症のある方へのAct.」なのですが
多くの場合に作業療法としての本質的なことは教えてもらっていない場合が少なくないので
困っている人は実はたくさんいるのだと感じています。
だから、今日も通常よりもたくさんの方にご参加いただけたのじゃないかと思う。

いや、この表現だと誤解を招く。
作業療法の理念と現実の臨床をどう結びつけるのか
理念を具現化するための臨床での考え方や
選択・提供したAct.が適切だったのかどうか、どうやって振り返るのか
そういったことは実は教わっていないことが少なくないんじゃないでしょうか。
ということを言いたいのです。。。

いわく
やりたいことが言えない時にどうするのか
Act.の選択と提供をどんな風に組み立てて考えていったらよいのか
そもそも、作業が人を元気にすると言うけれど、作業の何が人を元気にするのか

今日は、あんまり毒のあることは言わないようにしていたけど (^^;
本質的なことほど、明確に言語化されていないように感じています。
でも、それだと一生懸命な人ほど困っちゃうんですよね。

今日の私のお話が少しでも参加してくださった方の
明日からの臨床にお役に立てば、ひいては、対象者の方のお役に立てば、私は本当に嬉しく思います。

そして、
もっと本質的なことを
もっと臨床に即してお伝えしたいと考えています。

作業療法教の信者にならずに
作業療法のプロとして
作業をどう考えるのか、愛と毒を込めて♥ 叫びます(?)

「神奈川の地から作業療法を叫ぶー愛と毒を込めて“作業”を問う」
主催:作業療法総合研究所
日時:平成29年3月12日(日)

詳細は、たぶん、年明けてからの掲載になります。
まだ、明確には考えてない。。。
イメージはあるけど、具体化はこれからなので
逆に、もしもこんなこと聞きたいとかのご希望があれば早めにご連絡ください。
いつか、どこかで会った時にでもお伝えいただいてもよいし
このサイトの上部にある黒い帯のところの「著者の紹介」をクリックして
そのまま画面下にスクロール、《免責・著作権》のところに私のメールアドレスが記載してあります。
そのアドレス宛にメールでご連絡いただいてもよいです (^^)

 

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認知症のある方へのAct.選択@小田原OT勉強会

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9月9日(水)の小田原OT勉強会

予定されていた「リハビリテーションとお金の話」は
事情により延期となりました。
楽しみにしてくださった方、申し訳ありません。

今回は、「認知症のある方へのAct.選択」について
私が担当でお話させていただきます。

認知症のある方に
「ご希望は何ですか?」
「お困り事は何でしょう?」と言葉で尋ねても
なかなか的確な答えが返ってこないことも往々にしてあります。

尋ねられていることそのものが理解できない方だって
少なくありません。
イラスト見せたって、意味がわからずに
紙を破ってしまう方だって
いらっしゃいます。

だからといって
ご本人に尋ねても仕方ない…とは思えません。
認知症のある方のもう1つの言葉である「行動」
そして私たち作業療法士の業である「体験」
これらを通して、言葉にならない声を聴くこともできると
感じています。

じゃあ、何でもいいからやってもらえば。とか
昔やってたことをやってもらえば。とか
そんな風にも考えていません。

どのようにAct.選択を考えたらよいのか
提供にあたって、どんなところに気をつけたらよいのか
有効な方法について、実はあんまり
言語化されていないように感じています。

Act.選択の考え方・留意点を
体験談を通して具体的にお伝えいたします。

詳細は神奈川県作業療法士会のサイトからご確認ください。
http://kana-ot.jp/wpm/lecture/post/3580

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「作業」のもつチカラ

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提供したActivityが
その人の能力と特性に合致していると
思わぬ昔語りをしてくださることがある。

そして
得てしてこのような
体験を通した「自分語り」は
他者が聴取した生活歴には出てこないし
「何かやりたいことはありませんか?」と
言葉で聞いても、イラストや写真で尋ねても
出てくることは、ほとんどない。
(認知症のある方だからかも。ですが)

「作業」は、それだけのチカラを持っている。

「作業療法士」は、それだけの可能性を持っている。

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意味の合う作業

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私はアマノジャクではありません。

どっちかっていうと
素直な側の人間だと思います(自分で言ってる。。。(^^;

勧められた本は読んでみる派ですし
良いと言われているものは
まず、調べてみたり学んでみたりします。

昨今いろんなトコロで言われている「意味のある作業」

本来、「作業」そのものに意味があるのでは?

私は心底、対象者の方に
的確で適切な援助ができる
作業療法士になりたいと願っているものですが
「意味のない作業」なんて、この世にあるのでしょうか?

「意味の合わない作業」
「意味の合う作業」
これなら、わかりますけど。。。

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意図こそが重要だけど意図だけでは足りない

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より大きなチカラで寄与することができるのなら
同じだけのPowerでマイナスにも作用してしまう

「後ろ向きと前向きと、両方の方向に同時に使うことはできない」

この言葉は、アーシュラ・K・ル=グウィンが書いた
「西のはての年代記 ⅰ ギフト」という本のp.250に出てくる言葉です。

この言葉に出会った時には
自分の中の名付けられていない鬱積した塊に
明確にコトとして出会えた気持ちになったものです。

「意図こそが重要」とは
スティーブ・ジョブズの言葉です。
本当にその通りだと感じています。

でも
意図だけでは足りないと私は考えています。

作業療法士はみんな善きコトを
と願って仕事をしているはず
少なくとも、仕事を始めた時には

善きコトを願えば
善きコトが生じるワケではない
善きコトを願っていれば
悪しきコトが生じないワケではない

チカラに扱われずに
チカラを扱えるようになるには
どうしたらよいのか
ずっと考えてきました

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感覚の重要性

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記憶や認知や言語などのはたらきが障害される
認知症のある方にとって
感覚はとても重要な支えとなります。

Activityを選択する時に
視覚や触覚が伝えてしまう「状況」を
こちらがわかっていないことによって
作業遂行を混乱させてしまうこともあります。

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援助と使役は裏表

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わからないのに
聴きもせずに
表面的にActovityを提供するということは
「あなたのためのActovity」ではなくて
私が困らないように何かやってほしいという意図を
暗黙のうちに、でも、明確に
対象者の方に伝えてしまっている
ということなのに。。。

どのレベルであったとしても
Actovityを提供する時には
自分の中で提供するに足る根拠を
明確に言語化できているということ。

最低限、援助として提供するならば。

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率直に聴く

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わからない時には
率直に聴けばよいのだと思う。

「あなたにとって
その場の何が大切なのですか?」

「あなたにとって
その場はどんな場なのですか?」

言葉にして聴くにしても
言葉にならない、もう1つの言葉で聴くにしても

理解したくて聴いたことには
必ず答えてもらえる。

答え方にはいろいろあるけれど。

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