Category: 教科書的基礎知識篇

疎通困難な方への対応:会話の仕方

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疎通困難な方と会話する時って
なんて言っていいか、困る時もあると思います。

私は、基本、自分からは話しかけず
認知症のある方に会話の主導権を握ってもらうようにしています。

ポイントは次の4つです。
1)相手の話した言葉を使って繰り返して伝える
2)意味不明な発言が続く時には、話の内容ではなく話の「感情」「感覚」に焦点を当てる
3)無理に何か言おうとせずに非言語を主体に応答する
4)何か言う時には明確で端的な言葉を使う

つまり、疎通を改善させる方策を検討・実践するのではなくて
言葉ではない、「非言語での応答体験」を蓄積してもらう
可能であれば、その方にとってポジティブな感情を惹起させられるものが良いけれど
そうでなくても、「応答しようとしてくれたと感じてもらえる体験」が肝心です。

話の内容が曖昧で何を言っているのかわからない時には
聴いているということを伝えるために
うなずきやアイコンタクトを繰り返します。
その方の表情や口調に反映されている感情や感覚に注目して
悲しかった?困った?辛かった?などの言葉を返しながら話を聴きます。
 
その時の表出された感情に沿った、その方が知っている歌を選んで口ずさんだりもします。
そういう意味で、昭和10年代〜60年代に流行していた歌を知っているということは強みになります。
歌詞をよく読み理解する
実際に曲を聴いて曲調を把握しておく
すると、いざという時に役立ちます。

その方の生活歴を踏まえて
生まれ育った土地の名産品や名勝なども調べておいて写真などを見せても良いでしょう。

疎通困難と言われていた方が
困難さは残っても
疎通はかなり改善されるというケースを多数経験しています。

疎通困難で介助困難と言われていた方の話を聴いていた時に
「どうもありがとう」
「また、こうやって話を聴いてもらっていいですか?」
と言われたこともあります。

結果として現れている疎通困難さだけを切り取って
どうしたら良いのかを考えるのではなくて
疎通困難という結果に反映されている、
言葉以外の非言語での表出や理解力、視覚や触覚・運動覚の感受や対人特性などを把握する
この部分をきちんと評価している人は非常に少ないものです。
だからこそ、この部分をきちんと評価できるようになれば
その方にどう対応したら良いのかということが自然と一本道のように浮かび上がってくるという体験ができるようになります。

問題設定の問題 
認知症のある方の問題ではなくて
私たち職員の側の問題 ということはたくさんあるのです。

 

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疎通困難な方へのリハ:ひも三つ編み

他者との交流を楽しむよりも
対象に向き合うことを好むような方には
ひも三つ編みを提供します。

ひも三つ編み 
  
100均でも売っている、スズランテープを3色用意します。
最初は、私が編む反対側(ひもの編み始めの部分)を持っていただきます。
すると、ちゃんと私の編む力に応じて、ひもの引っ張り加減を調整してくれるのです!

重度の認知症のある方でも
触覚や運動覚は保たれていることが多いので
保たれている感覚刺激を活用します。

硬い表情で、関与に拒否しがちな方がちゃんと引っ張り加減を調整してくれている、
こちらの変化に応じて調整してくれている
私がわざと強く引っ張って持ち手が抜けそうになった時に
思わず笑顔になられた方の、その笑顔の晴れやかさ。
二人で笑い合ったことを覚えています。

場合によっては
その後に、三つ編みをすることができる、思い出せる方もたくさんいます。
かつて、ご自身や娘さんの髪の毛を三つ編みに編んだり
草履を縄で編んだりしていた方の場合、手続き記憶として残っていることが多々あります。

ただし、この時にポイントがあります。

三つ編みをする時に
どのひもをもち、どこへ動かすのか、非常に混乱しやすくわかりにくいのです。
そこで、ポイントは3つあります。
   
1)3色使う
3色使うことで、どのひもを持つのか明確になりますし
声かけする時にも「〇〇色のひもを持って」と明確な声かけができます。
これが1色だけだと「右端のひもを持って」という相対的な位置関係を示す言葉を使わなくてはなりませんが、そのような声かけは理解するのが難しい場合もあるからです。

2)最初はひもの長さを短くする
ひもの長さが長いと、ひもを動かす時に
からまりやすくなってしまいますし、多数のひもが見えて、どのひもがどの部分なのかが
わかりにくくて混乱や不安のもとになるからです。

3)短めのひもをあらかじめ複数用意しておく
1つ三つ編みを仕上げてから、次の三つ編みの準備を始めると
「待つ」という時間干渉によって、せっかく不安なくできた動作も忘れてしまい
「できた」という体験の蓄積ができず、1からやり直すことになってしまいます。
「できた」という体験の後にすぐにもう一つ「できた」体験ができるような場面設定をしておくと
成功体験の蓄積が可能となり、手続き記憶を思い出しやすくなり、
長めのひもでもスムーズに編むことができるようになります。

出来上がった三つ編みは
上の写真のように、空き缶の周りに貼り付けると
多少の編み目の不揃いさがあっても、かえって良い味わいとして見えるものですし
玉のれん(若い人は知らないかもしれませんが、昭和の時代には家庭に必ずぶら下がっていたものです。検索してみてください。)のように飾りつけても
懐かしく思い出だしてもらえると思います。

ここで強調しておきたいことがあります。
Activityを提供する時に
「私も一緒にやるから大丈夫」という言葉は使わないようにしましょう。

構成障害があるか、その恐れがある方に対して「私と一緒にやるから大丈夫」という言葉は禁句です。
構成障害とは、その定義上、見比べることの障害なので
職員のやり方を模倣することは困難です。
ところが、認知症=忘れてしまう という認識しか持っていないと
職員が構成障害への配慮ができなくて適切な関与ができていないのに
「やろうとしない」「いうことを聞いてくれない」などと
認知症のある方の側に問題をすり替えてしまう人も出てきます。

認知症のある方は、そもそも暮らしの困難を抱えています。
楽しみであるはずの余暇時間なのに、わざわざ困難に直面させ、困惑体験や失敗体験をさせる必要はありません。
ところが、たとえ善意からであったとしても
提供する側の職員の知識のなさから
職員側の問題を自覚しにくいという表面化していない、でも、根深い問題があると感じています。
この問題については別の記事で書いていきます。

職員のやり方を見て模倣しなくても
三つ編みができるように場面設定を調整することが重要です。

ひもの引っ張り加減の調整ができて
いったんは、三つ編みができても
やっているうちに混乱してしまったら
もう一度、編み始めの部分を持っていただき、引っ張り加減の調整をすることを体験していただいてから、再度短めのひもで編むことに挑戦していただくとスムーズに編めることもよくあります。
混乱したら、混乱なくできる一つ前の工程に戻るということも、
認知症のある方にActivityを提供する時の大切な基本です。

 

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痛みがある方の動作介助

案外、知られていないようなので書いておきます。

腰痛などからの回復過程で
少し動けるようになったけど、まだ痛い。。。という方の動作介助

そんな時には
身体の重さを支えて動作そのものは、ご本人にやっていただきます。
例えば
端座位〜仰臥位への姿勢変換時は
体幹の回旋動作も含まれるし、自身の重さを支えながら動かなくてはいけないので
結構痛みが生じる場面でもあります。

職員は対象者の方の背中に手を回して身体の重さを支えます。
ご自身で足を動かせるようなら
ご自身のペースで足を動かしてもらいますし
足を動かすと痛みが増すようなら
足の下に手を入れて足の重さを支えるようにしながらも
足の動きはご自身で動かすようにしてもらうと
最小限の痛みで動作ができるようになります。

ここでよくある誤解が
痛いんだからと全介助をしがちなことです。
身体の重さも動きも職員が介助してしまうと
痛みの生じる瞬間や回避する肢位の調整ができないために
かえって痛くなってしまうことがあります。

腰痛発症からの回復が長引いている時など
「ご本人の気持ちのせい」といった決めつけをするのではなく
職員側の知らないが故の不適切な動作介助によって
痛みを長引かせている可能性について検討し改善して欲しいものです。

 

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「カットアウトテーブルに肘を固定する」食環境のデメリット

私は知らなかったのですが
食環境の調整の一つとして
カットアウトテーブルに肘を固定して自力摂取を促す
という対応が多用されているそうです。

私の経験では上記のような食環境を設定されていた場合でも
他の食環境の設定で自力摂取を無理なく行えるようになったケースばかりですから
まず、他の食環境の設定をお勧めします。

どうしても上記の方法を用いたいのであれば
「慎重に人を選んだ方が良い」
「他の方法でどうしても困難な時に適用した方が良い」
「適用した場合には、骨盤周囲筋の過緊張をチェックした方が良い」
というのが私の意見です。

自分で試しにやってみたら、わかると思うのですが
1)肘を固定すると口元までのリーチが困難 → 体幹を前傾させる代償が必発
2)食塊を取り込む時に前腕の回外と手関節の尺側偏位が要求 → 末梢の過剰操作 → 中枢の同時収縮
というふうに
カットアウトテーブルで肘を固定させる、なおかつ、食事自力摂取できるためには
上記の前提が必要となり
ところが現実には、上記の前提をクリアできる人は少ないために
上述したような代償を引き起こしてしまいます。
そして、上述したような代償の結果
体幹を前傾して胃部を圧迫していますから食欲がなくなってしまった方が
食環境を変更して摂取量が増えたというケースを経験しています。

認知症のある方へのリハやケアでは
きちんと評価・アセスメント・状態把握をする前に
ハウツーを当てはめて
しかもPDCAを回していないために
自身の対応のまずさを自覚も修正もできないというケースが散見されます。

もうひとつ、問題があります。
カットアウトテーブルは車椅子に固定して使いますから
対象者の方が動きたいと思った時に自分では動くことができない状況を作ってしまいます。
身体拘束と判断されかねない環境設定だと思います。
他の食環境設定の可能性が多いので、まずそちらを取り入れた方が良いと考えます。

 

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評価を踏まえた対応:身体リハの場面

もともと認知症がある方が
骨折などで入院し身体的なリハを受けることになる
というのも現場あるあるです。

近時記憶障害があれば
骨折し入院し手術したことも忘れてしまうことも起こります。
座ってじっとしていれば痛くなくても
リハで立ち上がった時に痛みを感じるということはよくあります。
ここで、骨折し入院し手術をしたことを忘れていれば
「立つと痛い→立つから痛い→立ちたくない」
という判断をしても不思議はありません。

リハスタッフは多くの場合
MMSEやHDS-Rを施行し「近時記憶障害あり」と判断しています。
ですが、検査は検査で終わってしまい
検査結果を対応に活かすことは何故かあまりされていないのではありませんか?

私は立ち上がりの練習をする前に必ず声をかけます。
「〇〇さん、今から立つ練習をします。
 立つ時に足が痛くなるかもしれませんが
 骨折して手術したからです。
 だんだん痛みも軽くなりますから
 心配せずに立つ練習をしましょう。」

そして、この声かけの頻度も認知症のある方の近時記憶の状態に応じて変えています。
HDS-R18/30点くらいの方であればリハ開始時に一度声をかける程度で大丈夫なことも多いけれど
HDS-Rが3/30点の方には、立ち上がるたびに同じ説明を繰り返すようにしています。

実際、3/30点の方でも
身体的なリハを提供し改善し
すべき声かけと回避すべき場面を明確化し情報提供した上で
もっとリハの充実した老健へ移行することができました。

ところが
現場では「HDS-Rが3/30点」と認識していても
実際のリハの現場で事前に痛みが生じる恐れについて声をかけておく人は少ないものです。
そして、その結果、立ち上がり時の痛みと痛みが喚起する不安について認識できず
「立ち上がりを嫌がる」「リハ拒否」「認知症のためにリハ実施困難」
とレッテルを貼っているのではありませんか?

認知症のある方の身体リハがうまく進められない。。。という理由の1つに
私たちの側の問題もあるのではないでしょうか。

私たちは評論家ではなくて援助職です。
認知症のある方の困難を減らすような関与ができるからプロなのです。
HDS-Rが18/30点であれば、どのような支障が生じるか予測できる
HDS-Rが3/30点であれば、どのような支障が生じるか予測できる
近時記憶障害の程度に応じて
イマ・ココでどのような関与をすべきか判断できる。

検査結果を評価に活かす
評価を根拠とした対応の工夫ができる

ほんのちょっとした工夫のように見えるかもしれませんが
認知症のある方がどのように環境を感受・認識しているのかを
意識化することができているかどうか
この違いはとても大きな違いです。

 

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「ここをこうしてこうやって」を卒業しよう!

かつて、私も言っていましたが
ある時、ふと気づきました。
「ここをこうしてこうやって」って何の説明にもなってないじゃん!

Activityや手作業をしてもらう時に
たいていの人は、隣に座って作業工程を同時に行いながら
「ここをこうしてこうやって」と言っています。
かつての私もそうしていました。。。

でも、それでできる方もいますが
できない方も少なくありません。

構成障害があれば
見比べる・見比べて行動修正する
ということが難しくなります。

「ここをこうしてこうやって」
という声かけが理解できるのは
「ここ」がどこで「こうやって」がどうすることなのかを
見て理解することができる方です。

もっと言うと
「ここ」を言葉で説明しなくても「ここ」を探して注意を焦点化できる
「こうやって」を言葉で説明しなくても「どうするか」を汲み取ることができる
つまり、相手の「汲み取る能力」に依存した説明ということです。

構成障害があれば
私が示した「ここ」が自身の「どこ」か
私が示した「こうやる」が自身の「どうする」か
対照させることが困難です。

構成障害とは
全体と部分、部分と部分の位置関係を認識し再現する障害
なのですから。

構成障害のある方に
どんなに詳しく親切に隣で言葉による声かけを繰り返しても
できるようにはならないどころか
認知症のある方に余計に
「困った」「わからない」「できない」ことの反復体験をさせるだけです。
もうそんな関わりは卒業しましょう!

卒業できるためには
どんな障害や困難があって
どんな能力があるのかを
私たちが把握できていることが必須です。

ところが、多くの現場では
自身の知識の確認や関与の振り返りをするのではなくて
表面的に「どうしたら困りごとがなくなるのか」を考えて
言葉だけで繰り返し説明をする
というパターンがいまだに圧倒的に多いものです。
そして、最も問題なのがその自覚がないことです。。。

現場あるあるのマズイ対応は
せっかく検査をしてもその結果を対応に活かせていない点にあります。
評価に基づいた対応ではなく
表面的な困りごとを解決しようとしてハウツーを当てはめている
「引き出しを増やす」と言って
ハウツーを増やすことが学ぶことだと勘違いしている人が多いのです。
それらのどこが寄り添った対応なのでしょうか?

その時・その場の・その関係性において
目の前にいる方に何が起こっているのかを
的確に観察・洞察できるように知識を学ぶ
学んだ知識をもとに観察できるように努力する
そういう人は少数派です。

私たちが自覚して自らの関与を修正しようとしさえすれば
今すぐにでも改善可能なことは多々あります。

その時に
認知症のある方がどれだけ自身の困難に対して
なんとかしようと必死になっている姿を見出すことができて
目を見開かされるような思いをするはずです。

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「ちゃんと話ができるしっかりした方」?

「ちゃんとお話ができるしっかりした方」
「年相応の物忘れ」
といった発言をする人は30年以上前から今に至るまで後をたちません。。。

ところが実際には
近時記憶障害が著明でHDS-Rが9点、10点、11点というケースは多々あります。
中には、HDS-R5点なのに「しっかりした方」と言われていたケースもありました。。。
SDATの方でHDS-Rがこれだけ低いと
近時記憶障害はもちろん、構成障害や遂行機能障害があって
日常生活に大きな支障が生じていたはずです。
それなのに、なぜ認知機能低下に気づかれないか
問題は私たちの側にあります。

「ちゃんとお話ができるしっかりした方」といった発言をする方には
「ちゃんとお話ができない=認知症」という思い込みがあって
その思い込みで判断しているだけなのです。。。
つまり、認知症とは何か、ということを理解していないのです。
これだけ認知症への普及啓発事業が進められているのに
30年前と変わらずいまだにこのような人たちがいることにびっくりしてしまいますが
職種を問わず、このような発言をする人は少なくありません。
(もちろん、職種を問わずきちんと認識している人も大勢います)
  
このような思い込みは二重の意味で危険です。
1)お話ができても近時記憶障害があることによって起こる生活障害を見落としてしまう。
2)お話ができなくても近時記憶障害がないか軽度なので、可能な生活能力を見落としてしまう。
   
つまり、目の前にいる方の状態像を的確に把握することができないという問題が起こります。
その結果、目の前にいる方の暮らしの困難も潜在している能力も見落としてしまい、対応が後手にまわってしまいます。
しかも、そのような事態に無自覚なのです。
近時記憶と会話の可否や言語表現力は別の能力なのだということを知らないと、このようなことが起こってしまいます。

私は、ICD11で示されている7つの認知領域を参照することをオススメしています。
下記にICD11の認知症の定義をお示しします。

 
(一般社団法人京都府薬剤師会 参照)

Aで示されている7つの認知領域つまり
記憶・実行機能(遂行機能)・注意・言語・社会的認知及び判断・精神運動速度・視覚認知又は視空間認知
これらを念頭に置いて会話することを常に心がけています。

数分前のことを忘れてしまっても
その場の会話がスムーズに成り立つ方は大勢いらっしゃいます。
逆にその場で会話が成り立たなくても
少し前にした体験を覚えている方も大勢いらっしゃいます。
近時記憶と疎通の可否や言語表現力は別の能力です。
混同してはいけません。

 

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食事中ムセてないのに重症肺炎

食事中、ムセていなかったのに
ある日突然高熱が出て、病院受診したら重症肺炎という診断。。。
臨床あるあるです。

実は、いくつも職員側に問題があって
1)このご時世で、いまだに「食事中のムセ=誤嚥性肺炎の原因」と思ってる
2)口腔ケアが不十分なことへの自覚がない
3)熱が出ないんじゃなくて熱を出すこともできない
  症状を形成する力がないから、いよいよの状態まで熱を出すことができない
  熱が出た時にはもう体力がないから回復困難
だったりします。

1)ムセの酷さと誤嚥の酷さに相関関係はありません。
  ムセは異物喀出作用だから強く激しいムセはびっくりするかもだけど
  異物喀出作用の高さを示しているので良いことなのです。
  呼気の介助をしてしっかりムセ切ってもらって声の清明さが確認できれば食事を再開できます。
  むしろ心配なのは、弱々しいムセや痰がらみのムセ、遷延するムセです。

2)忙しいとどうしても後手に回るのが口腔ケアです。
  今はたいていの施設で口腔ケアに力を入れていると思いますが
  ご自身で口腔ケアをしていても不十分だと
  歯と歯茎の間に歯垢が付着してしまうし
  歯の一部だけしか磨かない(磨けない)方もいるし
  硬口蓋や舌に痰がこびりついていたり
  歯を数回ブラッシングした歯ブラシをすすいだら水が白濁することだってあります。
  口腔ケアを拒否されてそうまく対応できないこともあるかもしれません。
  もう15年以上前から誤嚥性肺炎は食事中の誤嚥ではなく不顕性誤嚥が原因だから
  口腔ケアが重要と指摘されています。

3)私の経験で、車椅子のカバーを異食してしまったけれど
  嘔吐もなく下痢もなく発熱もなく食欲も旺盛という方がいましたし
  足を骨折しているのに歩いてしまう認知症のある方もいました。
  口腔ケアをしてなくても熱が出てないから平気じゃない?と思うのは誤解です。
  熱を出すこともできないのだから、熱が出た時には手遅れということもあり得ます。
  今、実害がないように見えて実害がないわけではないのです。
   
  特に、食事中に喉頭が不十分にしか挙上できない方は
  気がつかれていないだけで本当にとても多いので注意が必要です。
  喉頭の完全挙上ができないということは、喉頭蓋反転が不完全
  つまり、嚥下の瞬間に気管を完全に塞ぐことができていない
  ということを意味します。
  寝ながら汚染された唾液を嚥下し損ねて誤嚥している恐れが高くなります。
  喉頭不完全挙上のケースには口腔ケアの徹底が必要です。

  余談ですが
  食事中に喉頭が不完全挙上しかできなかった方でも
  スプーンでしっかり前舌を押してあげることで喉頭挙上が改善するケースを多数経験しています。

  このことについては近日中に記事を掲載します。

結論として
口腔ケアは大事!!!
どれだけ強調してもしすぎることはありません。
口腔ケアをしたいけど拒否されてちゃんとできない
という時にどうするか、は次の記事で。

 

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