Category: 工夫のひきだし あれやこれ

評価を踏まえた対応:身体リハの場面

もともと認知症がある方が
骨折などで入院し身体的なリハを受けることになる
というのも現場あるあるです。

近時記憶障害があれば
骨折し入院し手術したことも忘れてしまうことも起こります。
座ってじっとしていれば痛くなくても
リハで立ち上がった時に痛みを感じるということはよくあります。
ここで、骨折し入院し手術をしたことを忘れていれば
「立つと痛い→立つから痛い→立ちたくない」
という判断をしても不思議はありません。

リハスタッフは多くの場合
MMSEやHDS-Rを施行し「近時記憶障害あり」と判断しています。
ですが、検査は検査で終わってしまい
検査結果を対応に活かすことは何故かあまりされていないのではありませんか?

私は立ち上がりの練習をする前に必ず声をかけます。
「〇〇さん、今から立つ練習をします。
 立つ時に足が痛くなるかもしれませんが
 骨折して手術したからです。
 だんだん痛みも軽くなりますから
 心配せずに立つ練習をしましょう。」

そして、この声かけの頻度も認知症のある方の近時記憶の状態に応じて変えています。
HDS-R18/30点くらいの方であればリハ開始時に一度声をかける程度で大丈夫なことも多いけれど
HDS-Rが3/30点の方には、立ち上がるたびに同じ説明を繰り返すようにしています。

実際、3/30点の方でも
身体的なリハを提供し改善し
すべき声かけと回避すべき場面を明確化し情報提供した上で
もっとリハの充実した老健へ移行することができました。

ところが
現場では「HDS-Rが3/30点」と認識していても
実際のリハの現場で事前に痛みが生じる恐れについて声をかけておく人は少ないものです。
そして、その結果、立ち上がり時の痛みと痛みが喚起する不安について認識できず
「立ち上がりを嫌がる」「リハ拒否」「認知症のためにリハ実施困難」
とレッテルを貼っているのではありませんか?

認知症のある方の身体リハがうまく進められない。。。という理由の1つに
私たちの側の問題もあるのではないでしょうか。

私たちは評論家ではなくて援助職です。
認知症のある方の困難を減らすような関与ができるからプロなのです。
HDS-Rが18/30点であれば、どのような支障が生じるか予測できる
HDS-Rが3/30点であれば、どのような支障が生じるか予測できる
近時記憶障害の程度に応じて
イマ・ココでどのような関与をすべきか判断できる。

検査結果を評価に活かす
評価を根拠とした対応の工夫ができる

ほんのちょっとした工夫のように見えるかもしれませんが
認知症のある方がどのように環境を感受・認識しているのかを
意識化することができているかどうか
この違いはとても大きな違いです。

 

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開けられないのは口唇?歯?

口腔ケアの時に
拒否を誘発するような介入をしていなくても
「口を開けない」というケースもあります。

そのような時には
口唇を開けられないのか
歯を開けられないのか
をまずきちんと確認します。

口唇を開けられない時には
口唇中央に軽く指先を押し当て
「唇の力が緩みます」と声をかけながら
小さく円を描くようにします。
するとだんだん口唇中央が緩みますから
緩んだところに歯ブラシを当てて
見える範囲でブラッシングを行います。
さらに緩んでくるので緩む範囲を確認しながら
緩んだ範囲でブラッシングをしていきます。
奥歯の上面をブラッシングできれば奥歯の裏側もブラッシングできます。
ここまでくれば、前歯の裏側もブラッシングできるようになります。
大切なことは、相手の口唇の緩み具合を確認して緩み具合に合わせてブラッシングを進めることです。

歯を開けられない方も同様で
まずは見える範囲でブラッシングを行います。
するとだんだんと奥歯へブラッシングを進められるようになりますから
奥歯の上面をブラッシングできるようになるまでは
焦らずにゆっくりとブラッシングを進めます。
奥歯の上面がブラッシングできればしっかり開講できているのでもう大丈夫です。

いきなり歯ブラシを口の中に突っ込むのではなく
できる範囲で行いながら、できる範囲を広げていきます。
その過程において相手とブラッシングを通したノンバーバルコミュにケーションを行うのです。

歯ブラシで磨くことに相手を合わせることを考えるのではなくて
相手の受け入れ状態を感受しながら歯ブラシでブラッシングを行い
ブラッシングを行うことで「何をしているのか」「どうして欲しいのか」を伝えます。

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口腔ケアを拒否するには必然がある

口腔ケアを拒否するには拒否するだけの必然があります。

ひとつには
ケアを始める前に
必ずアイコンタクトをして、口腔ケアの説明を行います。
この時に、対象者の方が
視覚情報の方が認識しやすいのか
聴覚情報の方が認識しやすいのか
体験を通した方が認識しやすいのか
を確認した上で、認識しやすい情報を提供することが大事です。

現場あるあるなのは
「〇〇さん、歯磨きをしますよ=」と声はかけていますが
・相手とアイコンタクトをしない
・声かけが終わらないうちに歯ブラシを口の中に突っ込んでいる
という介入方法です。
これでは認知症があってもなくても嫌な気持ち、びっくりされて拒否されて当然です。
拒否を誘発するような介入をしていないということが絶対の前提条件ですが
現場では善意のもとに無自覚に拒否を誘発するような介入が為されていることが多いものです。。。

拒否を誘発するような介入はしない
その上で初めて「じゃあどうしたら良いのか?」という問いが成り立ちます。

まず、対象者の名前を呼びアイコンタクトを取ります。
その上で視覚情報の方が認識しやすい方には、
「歯ブラシを見せる→歯ブラシを左右に動かす」
というジェスチャーで歯磨きをすることを伝えます。
聴覚情報の方が認識しやすい方には
その方の言語理解力に合わせて声かけをします。
「歯磨きをしましょう」
「歯磨き」
「口の中をきれいにしましょう」
「あー」などなど。
体験を通して認識する方の場合には
無理せずに今ブラッシングできる範囲を優しくブラッシングしながら「歯磨き」と声をかけます。
そうするとたいてい、だんだんとブラッシングできる範囲が広がってくるものです。

こう言うと、必ず言われるのが
「わかっちゃいるけど時間がない」
という言葉です。

忙しいのはわかります。
でも忙しいからこそ、ちゃんと対応すべきなんです。
アイコンタクトの1秒、歯ブラシ提示の1秒、ジェスチャーの1秒の合計3秒で
拒否なく応じてもらえるなら3秒の時間を作りましょう。
だって拒否が生じたら3秒以上の時間がかかりますよ。
その上、対象者の方も職員もどちらにとっても嫌な気持ちが生じます。
そんなネガティブな体験をして、さらに時間がかかるなら3秒の手間をかけたほうが
よっぽど良くないですか?

拒否するには拒否するだけの必然があります。
その必然の多くは、「何をされるかわからない」というものです。
職員にとっては自明の口腔ケアでも
近時記憶が低下し、言語理解力や状況推測力が低下している認知症のある方にとっては
自明ではない介入をされるのだということを踏まえて
「これから何をされるのか」ということを相手の能力に合わせて伝える
ということが重要です。

そうしてもなおかつ、拒否されて「口を開けてくれない」場合には
口を開けたくても開けられない必然があります。
それは次の記事で。

でもその前に、
「口を開けてくれない」「口腔ケアに協力してくれない」という事象を引き起こしているのは
圧倒的に職員側の問題であることを自覚しましょう。

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Activity:問いを問い直す

イメージ_猫

認知症のある方へのActivity、余暇活動については
多々誤解があると考えています。

・大勢で一斉に同じ課題を提供する
・「できる」課題を提供しがち
・場面設定への工夫よりも職員の声掛けで対応しようとしがち
・そもそもなぜその課題なのかという必然性に関して検討されない などなど。

おそらく
現場の職員は
ある一定の時間を「何かして過ごす」ことを目的として考え
認知症のある方に「できそうなこと」を考え
その結果、例えば塗り絵を提供してみたらできたから継続して行なっている
といったパターンが圧倒的に多いのではないでしょうか?

現場あるあるです。。。
ただ、誤解なので誤解から脱却できれば
大きな改善が生まれると考えています。

その中でも最も重要なことは
なぜその課題をしていただくことが
目の前にいるAさんにとって適切と考えたのか
ということを提供する職員の側がきちんと検討しておくということです。
 
余暇活動、Activity、レクリエーションをする意義を
「業務として行わなければならないから行う」と考えているのか
「目の前にいるAさんに有意義な時間を過ごしてほしい」と考えているのか
ということをきちんと考え直す必要があります。
ここを曖昧にしたまま、何をしてもらおうか?と考える。。。というのが
現場あるあるの大きな問題
ではないでしょうか?

問いを問い直す

問題設定の問題がここにあります。
   
Cさんの障害と能力と特性を把握できていないと
提供する課題の適切さの検討が出来ようはずがありません。

障害と能力と特性を把握できれば
回避する課題、提供する課題が浮かび上がってきます。
認知症のある方に適切な余暇活動の提供が難しいのではなく
認知症のある方の障害と能力と特性の把握が難しいのです。

二重の意味で、問題設定の問題、問いを問い直す必要があるのです。

実際の現場では、とりあえすできそうな課題を提供して
適切な課題を検討する時間を稼ぐことは戦略としてありですが
できたことで安心してしまうのは違うと思います。
できた課題をどのように行うのかということを観察することで
障害と能力と特性を把握することが叶います。

この過程を回避しようとして
(障害と能力と特性を観察から把握するということは簡単なことではない)
意向尊重、意思尊重として「何がやりたいのか」を問うことを強調するのは
ちょっと相当違うのではないかと考えています。
  新著にも書きましたが
  やりたいことを実現するために希望を尋ねるのではなくて
  自分が自分であることの再体験のための手段のひとつとして、希望を尋ねるのだと考えています。
  このことについては、とても大切なことなので別の記事で書いていきます。

あることを回避しようとして別のことを強調する、すり替えは
人の防衛反応としてのあるあるです。

Activityを提供する際に私は平行集団を実践し提案しています。
同じ場所同じ時間を共有しながらも
「すること」は人それぞれ異なる。
Cさんの特性と能力から適切な課題を選択し障害や困難に応じて場面設定をする。
たった一人で16〜18人の重度の認知症のある方の平行集団を2時間運営してきました。
帰宅要求や突然の立ち上がり、大声を出してしまう方ももちろんいました。
5年以上その方法で行ってきて転倒は1件転落が1件だけでいずれも外傷はありませんでした。

認知症のある方へのActivityや余暇活動の提供で悩んでいる方は大勢いると思いますが
皆が一斉に同じことをするような今のやり方がすべてではないのです。
高邁な理念を語っていてもどこかで手段と目的を取り違えるというパターンは現場あるあるです。
だとしたら、そこからやり直せば良いのです。
手段はたくさんあります。
目的は目の前にいるAさん、Bさん、Cさんにとっての適切さなのです。

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大声・暴言のある方への対応:問いを問い直す

大声や暴言のある方に対して
「大声・暴言のあるBさんに対して、どうしたら大声や暴言をなくせるか」
という問題を設定して、みんなで対応を考える
というパターンが圧倒的に多いのではないでしょうか?

問いを問い直す
問題設定の問題と言っている現場あるあるの課題は、ここにあります。

まず一つ、
「大声や暴言のBさん」と、BPSDを形容詞化してしまっています。
どんなに大声や暴言の著明な方でも24時間365日大声や暴言を言っているわけではありません
形容詞化してしまうことで、大声や暴言のない時のBさんの状態を見落としてしまいます。

二つ目には、
大声や暴言という大きな見た目は同じでも
Bさんが「何に対して」大声や暴言をしているのかを全く確認をしていないということが問題です。
本来、「何に対して」怒っているのかがわからなければ対処のしようもないはずです。
先の記事で書いたように
「電気を消すことの何が嫌なのか」確認しようとしない
という私たち職員側の在り方と全く同じことが違うカタチで起こっているのです。

「ちゃんと声掛けしているのに怒られた。どうしたら良いの?」
という相談もよく受けますが
「ちゃんと」というのが実はクセモノで(苦笑)
言葉は丁寧でも口調がぞんざいだったり、キツかったり。。。
あるいは、長々と説明しているので理解できなかったり。。。
または、一方的に「その場を収める」ための声かけで本当の意味で「聴いて」いなかったり。。。

大声を出す、暴言を言う、という表現に表れているのは
その方のなんとかして欲しいという要望の強さのこともあります。
もちろん、いくら対人援助職だからといっても
誰だって怒鳴られたり酷いことを言われたら
人間として怖いし傷つきます。

でも、私たちは
お金をもらって認知症のあるBさんに接しています。
怒る、大声を出すという言動の評価ができる情報収集の貴重な機会を逃さないようにしましょう!
Bさんが「何に対して」大声や暴言という表現をしているのか率直に尋ねる。
そして、大声や暴言に反映されているBさんの困難と能力は何か
ということを把握しましょう。

大声や暴言という見た目、大きな枠組みは同じでも
その時その場の状況において
「何に対して」怒っているのか、ということは同じBさんでもまったく異なってきます。

だから、その都度「何に対して」怒っているのかを聴くことから始める必要があります。
言葉にして聴く時には聞き方に工夫が必要ですし
介助というもう一つの言葉で聴く時にも工夫が必要
です。
その工夫とは〇〇したら大声・暴言がなくなる、というハウツーの当てはめではありません。

大声や暴言を収めようとする在り方は
「大声や暴言がない」という状態を「望ましい状態」として無意識のうちに設定しています。
目標として計画書に記載していなかったとしても
実際の目標、ゴールとして設定しています。
この時点で、「状態であって行動ではない」から「目標=達成すべき本人の行動」とはなり得ない。
望ましいゴールではないところを目指しているので
当然行動変容が起こらない。努力が空回りしてしまう。という帰結を迎えます。

問いを問い直す。

どうしたらBさんの大声や暴言がなくなるのか
という問題設定ではなく
イマ・ココでBさんは何に対して大声や暴言というカタチで表現しているのか
という問題設定をする。
二重の意味で問いを問い直すことが求められています。

ちょっと話がそれますが
お気づきの方もいると思いますけれど
私はこちらのサイトでも論文や著書においても
「正しい」という文言は使っていません。
「適切」という文言をよく使っています。
誰にでも、いつでも、どこでも、万人に通用するような
「正しい」声かけや対応はありません。

目の前にいる方に対して、その時その場で適切だったかどうかが求められています。
適切かどうかの根拠はその方の目標です。
だから、認知症のある方に対して適切な対応ができるためには
目標設定を的確に行えることが望まれるし
目標設定が的確に行えるようになると
認知症のある方への対応の適不適の判断もできるようになってきます。
非常に強く関連しているのです。

いまだに時々見かける
長期目標:関節可動域の維持・改善
短期目標:関節可動域の維持・改善
治療内容:関節可動域訓練
だったり
長期目標:移動能力の維持
短期目標:移動能力の維持
といった記録を残すような人で認知症のある方に対して適切な対応ができる人に会った試しがありません。

逆に言えば
たとえ、今、目標設定ができない人でも、認知症のある方に適切な対応ができない人でも
どちらか一方がきちんとできるようになると
他方のおかしさを自覚し、自身でトレーニングを積むことができるようになり
いずれどちらも改善できるようになっていきます。
ここに未来への希望を感じています。

 

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遂行機能障害を踏まえた靴の工夫


認知症のある方の手続き記憶が保たれやすいのはご存知の通りです。
でも、靴の着脱が部分的にできて部分的にできない方の場合、全介助となってしまいがちです。
例えば、ある方の場合
足入れが可能でベルトもきちんと留めることができて踵もしっかり入れることができていました。
ただ、靴のベロの部分(足背に当たる部分)が中に入り込んでしまって
うまく処理できないこともありました。
このような場合、後になってから足元に違和感を感じてイライラすることもあるし
ベロの部分ができていないからと、いきなり全介助してしまう職員も出てきます。
それはもったいないなぁ。。。と思ってしまいます。

じゃあ、どうするか
ここが問題なのですが
動作を促す声かけをしても
言葉という聴覚情報をもとに動作を修正するということが難しいケースが多々あります。
職員が援助する際に「言葉だけに頼らない」という姿勢が大事です。
私は「対象に工程を語らせる」工夫をしています。
  
このかたの場合、遂行機能障害で言えば
 意図・計画・立案 可能
 実行・評価    可能も 修正が困難
 目標保持     可能
という状態を示しています。
ということは
修正せずに行えるような環境であれば動作の自立が叶うということを意味しています。

そこで、ベロの部分を操作を最小限にする工夫を考えてみました。
次の写真をご覧ください。

ベルトの部分とベロの部分(赤い線で示した部分同士)をあらかじめ縫い合わせます。
この時にあまり大きく縫い合わせてしまうと足入れが困難になってしまいますから
そこは気をつけます。
縫い合わせると上の写真のようになります。
(冒頭の写真とは左右逆になります)
足入れもできる、ベルトも留めてもらえる、踵も入れられる
介助を受けずに、かつ、自分一人でもきちんとベロが丸まらずに靴を履けるようになりました!

介護シューズも今は多種多様なタイプが販売されるようになりましたが
それでもやっぱり市販の靴では間に合わないというケースもよくあります。
ご家族が新しく購入された靴が浮腫んでしまって合わないような時には
靴のタイプによりけりですが、靴ベルトの延長で済むケースもあるので
靴ベルトの延長とかよくやっています。

案外、普通の縫い針で縫えてしまいますが
実際に作る時には、針で指をつつかないようにお気をつけください。

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身体が傾いてしまう方は臥位でのポジショニングを見直す

車椅子で身体が傾いてしまう方に対して
クッションを傾いている側に入れたり
座面を傾けたりする人もいるようですが
「傾く→クッションを入れる」
「傾く→座面を傾ける」
といった単なるハウツーで済ますのではなく(考え方の問題)
しかも、それらで効果がないのだから(結果を出せていないことに向き合う臨床姿勢の問題)
姿勢改善という結果を出せるように
「身体が傾いてしまう必然」をきちんとアセスメントする
ことから始めましょう。

座位で身体が傾いてしまう場合に多いのは
骨盤の可動性が低下してしまって
ちょっとした重心の移動にも対応できなくなっているというケースです。
そのような場合にまずすべきことは骨盤の可動性を改善していくことであり
単に見た目を傾かないように、姿勢を整えたり
クッションを入れたり、座面に左右差を作ることではありません。
むしろ、そのようなハウツーによって逆効果となってしまうことすら起こり得ます。

骨盤の可動性を増すために、どうしたら良いのか
なぜ、骨盤の可動性が低下してしまったのか

その必然は人によりけりですが
伸筋群を使って突っ張ることで残された随意性を発揮している場合は
骨盤を後継し股関節を十分に屈曲させることによって
過剰な筋緊張が緩和され骨盤の可動性が改善され
小さな重心移動への対応力が改善し
結果として座位での身体の傾きが見られなくなります。
長期間、不適切な仰臥位をとることで(正確にはとらされ続けてきたために)
適応力が低下してしまった方には積極的に側臥位を設定します。

臥位でのポジショニングを適切に設定することによって
座位での姿勢が大きく改善するケースに多数遭遇しています。

「何事も始めるに遅くはなし」
「ピンチはチャンス」
「破綻の危機は成長へのチャンス」

私は、人の脳の可塑性の素晴らしさをたくさんの認知症のある方から教えてもらいました。
私たちは現実によって成長成熟の機会を与えられています。
困った時はステップアップの時期でもあります。
もう一度、目の前の方に起こっていることをきちんと観察する
自身の実践の適・不適にきちんと向き合うことから始めましょう!

 

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足こぎ車椅子の工夫

車いすを足でこいで移動する方の中には
浅く座ってしまい足こぎすると前方へ転落しそうになってしまうとか
足が疲れて前に踏み出せないというケースもあるかと思います。

そんな時に考えた工夫がこちらです。

フットプレートを外した車いすの足元に
伸縮性のあるベルトをつけて
足を傷つけないようにベルトをフェルトで覆いました。

膝が過剰に屈曲するのを防ぐこともできますし
素材として伸縮性のあるベルトを使っているので
反作用で前に踏み出す動作を助けてもらえます。

上の伸縮ベルトを2本くっつけて
それを2組使用しています。
フェルトも100円ショップで
「洗えるフェルト」を購入しました。

私はフェルトは、ザクザクと縫い留めましたが
スナップボタンで取り外しができるようにしても良いと思います。

 

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