Category: 工夫のひきだし あれやこれ

Activity:問いを問い直す

イメージ_猫

認知症のある方へのActivity、余暇活動については
多々誤解があると考えています。

・大勢で一斉に同じ課題を提供する
・「できる」課題を提供しがち
・場面設定への工夫よりも職員の声掛けで対応しようとしがち
・そもそもなぜその課題なのかという必然性に関して検討されない などなど。

おそらく
現場の職員は
ある一定の時間を「何かして過ごす」ことを目的として考え
認知症のある方に「できそうなこと」を考え
その結果、例えば塗り絵を提供してみたらできたから継続して行なっている
といったパターンが圧倒的に多いのではないでしょうか?

現場あるあるです。。。
ただ、誤解なので誤解から脱却できれば
大きな改善が生まれると考えています。

その中でも最も重要なことは
なぜその課題をしていただくことが
目の前にいるAさんにとって適切と考えたのか
ということを提供する職員の側がきちんと検討しておくということです。
 
余暇活動、Activity、レクリエーションをする意義を
「業務として行わなければならないから行う」と考えているのか
「目の前にいるAさんに有意義な時間を過ごしてほしい」と考えているのか
ということをきちんと考え直す必要があります。
ここを曖昧にしたまま、何をしてもらおうか?と考える。。。というのが
現場あるあるの大きな問題
ではないでしょうか?

問いを問い直す

問題設定の問題がここにあります。
   
Cさんの障害と能力と特性を把握できていないと
提供する課題の適切さの検討が出来ようはずがありません。

障害と能力と特性を把握できれば
回避する課題、提供する課題が浮かび上がってきます。
認知症のある方に適切な余暇活動の提供が難しいのではなく
認知症のある方の障害と能力と特性の把握が難しいのです。

二重の意味で、問題設定の問題、問いを問い直す必要があるのです。

実際の現場では、とりあえすできそうな課題を提供して
適切な課題を検討する時間を稼ぐことは戦略としてありですが
できたことで安心してしまうのは違うと思います。
できた課題をどのように行うのかということを観察することで
障害と能力と特性を把握することが叶います。

この過程を回避しようとして
(障害と能力と特性を観察から把握するということは簡単なことではない)
意向尊重、意思尊重として「何がやりたいのか」を問うことを強調するのは
ちょっと相当違うのではないかと考えています。
  新著にも書きましたが
  やりたいことを実現するために希望を尋ねるのではなくて
  自分が自分であることの再体験のための手段のひとつとして、希望を尋ねるのだと考えています。
  このことについては、とても大切なことなので別の記事で書いていきます。

あることを回避しようとして別のことを強調する、すり替えは
人の防衛反応としてのあるあるです。

Activityを提供する際に私は平行集団を実践し提案しています。
同じ場所同じ時間を共有しながらも
「すること」は人それぞれ異なる。
Cさんの特性と能力から適切な課題を選択し障害や困難に応じて場面設定をする。
たった一人で16〜18人の重度の認知症のある方の平行集団を2時間運営してきました。
帰宅要求や突然の立ち上がり、大声を出してしまう方ももちろんいました。
5年以上その方法で行ってきて転倒は1件転落が1件だけでいずれも外傷はありませんでした。

認知症のある方へのActivityや余暇活動の提供で悩んでいる方は大勢いると思いますが
皆が一斉に同じことをするような今のやり方がすべてではないのです。
高邁な理念を語っていてもどこかで手段と目的を取り違えるというパターンは現場あるあるです。
だとしたら、そこからやり直せば良いのです。
手段はたくさんあります。
目的は目の前にいるAさん、Bさん、Cさんにとっての適切さなのです。

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大声・暴言のある方への対応:問いを問い直す

大声や暴言のある方に対して
「大声・暴言のあるBさんに対して、どうしたら大声や暴言をなくせるか」
という問題を設定して、みんなで対応を考える
というパターンが圧倒的に多いのではないでしょうか?

問いを問い直す
問題設定の問題と言っている現場あるあるの課題は、ここにあります。

まず一つ、
「大声や暴言のBさん」と、BPSDを形容詞化してしまっています。
どんなに大声や暴言の著明な方でも24時間365日大声や暴言を言っているわけではありません
形容詞化してしまうことで、大声や暴言のない時のBさんの状態を見落としてしまいます。

二つ目には、
大声や暴言という大きな見た目は同じでも
Bさんが「何に対して」大声や暴言をしているのかを全く確認をしていないということが問題です。
本来、「何に対して」怒っているのかがわからなければ対処のしようもないはずです。
先の記事で書いたように
「電気を消すことの何が嫌なのか」確認しようとしない
という私たち職員側の在り方と全く同じことが違うカタチで起こっているのです。

「ちゃんと声掛けしているのに怒られた。どうしたら良いの?」
という相談もよく受けますが
「ちゃんと」というのが実はクセモノで(苦笑)
言葉は丁寧でも口調がぞんざいだったり、キツかったり。。。
あるいは、長々と説明しているので理解できなかったり。。。
または、一方的に「その場を収める」ための声かけで本当の意味で「聴いて」いなかったり。。。

大声を出す、暴言を言う、という表現に表れているのは
その方のなんとかして欲しいという要望の強さのこともあります。
もちろん、いくら対人援助職だからといっても
誰だって怒鳴られたり酷いことを言われたら
人間として怖いし傷つきます。

でも、私たちは
お金をもらって認知症のあるBさんに接しています。
怒る、大声を出すという言動の評価ができる情報収集の貴重な機会を逃さないようにしましょう!
Bさんが「何に対して」大声や暴言という表現をしているのか率直に尋ねる。
そして、大声や暴言に反映されているBさんの困難と能力は何か
ということを把握しましょう。

大声や暴言という見た目、大きな枠組みは同じでも
その時その場の状況において
「何に対して」怒っているのか、ということは同じBさんでもまったく異なってきます。

だから、その都度「何に対して」怒っているのかを聴くことから始める必要があります。
言葉にして聴く時には聞き方に工夫が必要ですし
介助というもう一つの言葉で聴く時にも工夫が必要
です。
その工夫とは〇〇したら大声・暴言がなくなる、というハウツーの当てはめではありません。

大声や暴言を収めようとする在り方は
「大声や暴言がない」という状態を「望ましい状態」として無意識のうちに設定しています。
目標として計画書に記載していなかったとしても
実際の目標、ゴールとして設定しています。
この時点で、「状態であって行動ではない」から「目標=達成すべき本人の行動」とはなり得ない。
望ましいゴールではないところを目指しているので
当然行動変容が起こらない。努力が空回りしてしまう。という帰結を迎えます。

問いを問い直す。

どうしたらBさんの大声や暴言がなくなるのか
という問題設定ではなく
イマ・ココでBさんは何に対して大声や暴言というカタチで表現しているのか
という問題設定をする。
二重の意味で問いを問い直すことが求められています。

ちょっと話がそれますが
お気づきの方もいると思いますけれど
私はこちらのサイトでも論文や著書においても
「正しい」という文言は使っていません。
「適切」という文言をよく使っています。
誰にでも、いつでも、どこでも、万人に通用するような
「正しい」声かけや対応はありません。

目の前にいる方に対して、その時その場で適切だったかどうかが求められています。
適切かどうかの根拠はその方の目標です。
だから、認知症のある方に対して適切な対応ができるためには
目標設定を的確に行えることが望まれるし
目標設定が的確に行えるようになると
認知症のある方への対応の適不適の判断もできるようになってきます。
非常に強く関連しているのです。

いまだに時々見かける
長期目標:関節可動域の維持・改善
短期目標:関節可動域の維持・改善
治療内容:関節可動域訓練
だったり
長期目標:移動能力の維持
短期目標:移動能力の維持
といった記録を残すような人で認知症のある方に対して適切な対応ができる人に会った試しがありません。

逆に言えば
たとえ、今、目標設定ができない人でも、認知症のある方に適切な対応ができない人でも
どちらか一方がきちんとできるようになると
他方のおかしさを自覚し、自身でトレーニングを積むことができるようになり
いずれどちらも改善できるようになっていきます。
ここに未来への希望を感じています。

 

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遂行機能障害を踏まえた靴の工夫


認知症のある方の手続き記憶が保たれやすいのはご存知の通りです。
でも、靴の着脱が部分的にできて部分的にできない方の場合、全介助となってしまいがちです。
例えば、ある方の場合
足入れが可能でベルトもきちんと留めることができて踵もしっかり入れることができていました。
ただ、靴のベロの部分(足背に当たる部分)が中に入り込んでしまって
うまく処理できないこともありました。
このような場合、後になってから足元に違和感を感じてイライラすることもあるし
ベロの部分ができていないからと、いきなり全介助してしまう職員も出てきます。
それはもったいないなぁ。。。と思ってしまいます。

じゃあ、どうするか
ここが問題なのですが
動作を促す声かけをしても
言葉という聴覚情報をもとに動作を修正するということが難しいケースが多々あります。
職員が援助する際に「言葉だけに頼らない」という姿勢が大事です。
私は「対象に工程を語らせる」工夫をしています。
  
このかたの場合、遂行機能障害で言えば
 意図・計画・立案 可能
 実行・評価    可能も 修正が困難
 目標保持     可能
という状態を示しています。
ということは
修正せずに行えるような環境であれば動作の自立が叶うということを意味しています。

そこで、ベロの部分を操作を最小限にする工夫を考えてみました。
次の写真をご覧ください。

ベルトの部分とベロの部分(赤い線で示した部分同士)をあらかじめ縫い合わせます。
この時にあまり大きく縫い合わせてしまうと足入れが困難になってしまいますから
そこは気をつけます。
縫い合わせると上の写真のようになります。
(冒頭の写真とは左右逆になります)
足入れもできる、ベルトも留めてもらえる、踵も入れられる
介助を受けずに、かつ、自分一人でもきちんとベロが丸まらずに靴を履けるようになりました!

介護シューズも今は多種多様なタイプが販売されるようになりましたが
それでもやっぱり市販の靴では間に合わないというケースもよくあります。
ご家族が新しく購入された靴が浮腫んでしまって合わないような時には
靴のタイプによりけりですが、靴ベルトの延長で済むケースもあるので
靴ベルトの延長とかよくやっています。

案外、普通の縫い針で縫えてしまいますが
実際に作る時には、針で指をつつかないようにお気をつけください。

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身体が傾いてしまう方は臥位でのポジショニングを見直す

車椅子で身体が傾いてしまう方に対して
クッションを傾いている側に入れたり
座面を傾けたりする人もいるようですが
「傾く→クッションを入れる」
「傾く→座面を傾ける」
といった単なるハウツーで済ますのではなく(考え方の問題)
しかも、それらで効果がないのだから(結果を出せていないことに向き合う臨床姿勢の問題)
姿勢改善という結果を出せるように
「身体が傾いてしまう必然」をきちんとアセスメントする
ことから始めましょう。

座位で身体が傾いてしまう場合に多いのは
骨盤の可動性が低下してしまって
ちょっとした重心の移動にも対応できなくなっているというケースです。
そのような場合にまずすべきことは骨盤の可動性を改善していくことであり
単に見た目を傾かないように、姿勢を整えたり
クッションを入れたり、座面に左右差を作ることではありません。
むしろ、そのようなハウツーによって逆効果となってしまうことすら起こり得ます。

骨盤の可動性を増すために、どうしたら良いのか
なぜ、骨盤の可動性が低下してしまったのか

その必然は人によりけりですが
伸筋群を使って突っ張ることで残された随意性を発揮している場合は
骨盤を後継し股関節を十分に屈曲させることによって
過剰な筋緊張が緩和され骨盤の可動性が改善され
小さな重心移動への対応力が改善し
結果として座位での身体の傾きが見られなくなります。
長期間、不適切な仰臥位をとることで(正確にはとらされ続けてきたために)
適応力が低下してしまった方には積極的に側臥位を設定します。

臥位でのポジショニングを適切に設定することによって
座位での姿勢が大きく改善するケースに多数遭遇しています。

「何事も始めるに遅くはなし」
「ピンチはチャンス」
「破綻の危機は成長へのチャンス」

私は、人の脳の可塑性の素晴らしさをたくさんの認知症のある方から教えてもらいました。
私たちは現実によって成長成熟の機会を与えられています。
困った時はステップアップの時期でもあります。
もう一度、目の前の方に起こっていることをきちんと観察する
自身の実践の適・不適にきちんと向き合うことから始めましょう!

 

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足こぎ車椅子の工夫

車いすを足でこいで移動する方の中には
浅く座ってしまい足こぎすると前方へ転落しそうになってしまうとか
足が疲れて前に踏み出せないというケースもあるかと思います。

そんな時に考えた工夫がこちらです。

フットプレートを外した車いすの足元に
伸縮性のあるベルトをつけて
足を傷つけないようにベルトをフェルトで覆いました。

膝が過剰に屈曲するのを防ぐこともできますし
素材として伸縮性のあるベルトを使っているので
反作用で前に踏み出す動作を助けてもらえます。

上の伸縮ベルトを2本くっつけて
それを2組使用しています。
フェルトも100円ショップで
「洗えるフェルト」を購入しました。

私はフェルトは、ザクザクと縫い留めましたが
スナップボタンで取り外しができるようにしても良いと思います。

 

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昔の手遊び

意味性認知症のある方など疎通困難な方に対して
表面的に疎通を改善しようとするのではなくて
その方が可能な言語的理解と非言語的理解を組み合わせた関与を心がけています。

言葉は端的に

表情は大袈裟なくらいに
今はマスクをして勤務しているので
笑う時には敢えて眼までくしゃっとさせて笑うようにしています。

もっと気をつけているのは口調です。

その方の声のトーンに合わせながらも
ベースは耳に心地良いように
穏やかで温もりのある声を心がけています。

Activityとしてよく使うのが
1)ひも三つ編み
2)昔の手遊び
です。

いずれも認知症のある方の手続記憶として保たれています。
ひも三つ編みは、言語を介さずとも日言語での「やりとり」が可能です。
ひも三つ編みの詳細は、_ こちら _ のページをご参照ください。

今日、ご紹介するのは、昔の手遊びです。
小さい頃、歌いながら近所の子と一緒に「かごめかごめ」「はないちもんめ」で遊んだ方は多いし
「♪ 夏も近づく八十八夜」と歌いながら手合わせできる方も多くいます。
ご自分だけでは歌えない方も隣で一緒に歌ってもらえたら思い出して歌える方はたくさんいます。
手合わせができるためには、
「相手」をしっかり感受し
「相手のタイミング」を見計らって自身のタイミングを合わせ合う
という、非言語ながらコミュニケーションの基本が含まれています。

手遊びという非言語的な要素を繰り返し行うことで
いつの間にか言語的疎通が驚くくらい改善されていくということも多々あります。

疎通困難な方でも特性に応じて使い分けています。
他者との交流を楽しむことを好む方には手遊びを
お仕事好きな方にはひも三つ編みを行っています。

言語的には疎通困難でも
非言語的には他者との交流が可能な方は大勢います。
そして非言語的な交流を積み重ねていくと
言語的な交流も行えるようになってくることも多々あります。

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簡易ヘッドレスト

普通型車椅子に座れるけど
頸部後屈してしまう方に対する工夫です。
ティルト型車椅子を使うほどではないけど
何もしないとしんどそう。。。という場合に
材料はダイソーで購入できて、すぐに作れる簡易ヘッドレストです。

必要なのは
プラスチック製の棒(写真では突っ張り棒:45〜60㎝)を2本
伸縮するベルトを3本
結束バンドを数本

<作り方>

1)プラスチック製の棒を車椅子のバックレストの隙間に突っ込む
  この時棒の長さが短いと後を振り向いた時に棒が目に当たってしまう恐れがあるので 
  棒の長さは頭よりも高くなるように気をつけています。

2)棒を車椅子の手押しハンドルのポールに結束バンドで固定します。
  この時、伸縮ベルトの上端〜下端の間に滑り止めを固定しておくと
  ベルトのズレを予防できます。(写真では青紫色に見えます)
  写真では伸縮ベルト3本使用していますが
  (頭部後屈が著明であれば、
   支持性を高めるために伸縮ベルトの本数を増やすか
   ベルトの長さを調整します)
  この段階ではまだ結束バンドのはみ出た部分は切り落とさず調整できるようにしています。

3)左右の棒に伸縮ベルトを固定します。
  この時に後頭部がきちんと支えられているかどうかを確認します。
  大丈夫であれば、結束バンドを引き絞って、はみ出た部分をハサミでカットします。

4)伸縮ベルトにタオルを巻き付けます。
  簡単に縫い止めても良いでしょう。
  下の写真では後で3箇所簡単に縫い止めてあります。

簡易ヘッドレストは
材料の入手も簡単、安価で、すぐに作れます。
何よりも一番良いところは、伸縮ベルトの伸縮性が
対象者の方の頸部後屈の度合いに応じて、その都度対応してくれるところです。

自身で頸部中間位を保持できている時には
ベルトはあまり伸長しないけれど
頸部後屈方向に力が入ってしまった時でも
ベルトはしっかり伸長して頭部を支えてくれます。

通常の布だと
頭部は支えられても頸部は後屈したまま。。。という時もあるかと思います。
伸縮ベルトだと、頭部の重さを支えつつ、頸部中間位へとアライメントも整えてくれます。
頭部のもたれかけ具合に応じて、ベルトが伸縮して対応してくれるので
過剰な後屈を防止でき、ヘッドレストによる過剰な支えにならないのが良いところだと思っています。

 

 

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認知症のある方の話を聴く:重要なことは復唱する

認知症のある方の話を聴く時に
認知症のある方が発言した表現そのままを使って復唱するようにしています。

たとえば
「家に帰りたい」と言われたら
「家に帰りたいんですね」
「財布がない」と言われたら
「財布がないんですね」
と認知症のある方が発言した表現そのままを使って復唱します。
そのあとで、「それで急いでいたんですね」「それで困っているんですね」と言葉を継ぎます。

  クレーム処理の本を読んで時に
  「相手の言葉を復唱してから答える」と書いてあるのを読んだ記憶があります。
  あなたの言ったことを受け止めましたと言外に伝えることができます。
  そう言われてみれば、クレーム処理ではないけれど
  品物を注文した時のコールセンターの対応は、
  こちらの電話番号の確認の時に
  私が「ご、さん、の」と言えば
  相手も「ご、さん、の」と確認してきますし
  私が「ごじゅうさんの」と言えば
  相手も「ごじゅうさんの」と言う人がほとんどです。

声かけの最初は
相手の言った言葉を使って復唱するようにしています。

その後、話を聴きながら
相槌を打ったり、合いの手を挟んだり
時には、相手の話と同じ内容を違う表現で言い換えるようにしています。

「お父さんの先生が亡くなられたから早く行かなくちゃ」
「お世話になった方だから不義理なことはできない。
 それで急いで行こうとしていたんですね?」

「財布がどこにもないのよ!」
「大事なお財布が見つからないくて困っているんですね」

この1クッションを置くことで
「この人は私の言っていることをちゃんと聴いてくれる」
と思っていただけます。
会話のキャッチボールを強調して伝えることができます。

言葉は相手に伝わってこそ、言葉として機能します。

 

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