Category: 工夫のひきだし あれやこれ

疎通困難な方への生活援助

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疎通困難な方のトイレ介助や入浴介助が大変だということもよく聞きます。
でも、どこが大変なのかを見てみると
介助者が「言葉だけで説明している」「理解する”間”を待たない」「次から次へと説明する」
といった関わりをしていることが多く、しかもその口調がキツくて早口という。。。
だから介助に協力してもらえないということが多々あります。。。
職員はなんとかしようとして、全介助・動作介助をしようとしますが、
そのような対応は認知症のある方の立場に立てば
何をどうしたら良いのかわからないところに、いきなり身体を動かされることになり
不安や恐怖が生じます。だから拒否する。。。

そのような介助しかできないのには、理由があります。
1)職員が「説明=言葉での説明」と思い込んでいて、視覚情報の提示という工夫をしていない
2)その方がスムーズに動作できるためには、どの手すりをどの順番で持つと良いのか
  職員が明確に理解できていないため、視覚情報を実際に提示できない

「独歩可能だけれど疎通困難で入浴が大変」
「2人で介助したけれど無理だった」と言われたので
(どこが大変だったの?)と尋ねたら
「言うことを聞いてくれない」
「介助に拒否する」という答えのみで
(あぁ、対象者の方の困難がどこにあるのか、理解できている部分はどこなのかを
 観察していないんだな)と思いました。
それでは介助を拒否されても当然だと思います。
そこでその方の入浴介助に入りましたが
アイコンタクトと視覚情報の提示でスムーズに拒否なく入浴してもらえて
笑顔で「ありがとう」と言われたものです。
視覚情報提示する手すりの場所と順番を明確化しただけで入浴介助が楽になったケースです。

手すりを指さした後に
必ず、その方が指さした手すりを見たことを確認してから
「つかまって」と言います。
つかまったことを確認してから
「立って」と言います。
立ったことを確認してから
浴槽のふちを指さします。
浴槽のふちを見たことを確認してから
「またいで」と言いながら
足を動かしやすいように、またぐ足と反対の足に少し重心を移動するように介助しました。
終始、声は穏やかな口調でゆっくりと、使う言葉は端的明確な言葉で伝えました。

また、動作誘導と身体を支えることは別の介助です。
ところが、多くの場合に介助しようとして
対象者のお身体を引っ張っているのではないでしょうか?
言語的な疎通困難だからといって
何もわからないわけではないし
自分から何もしようとしないわけではありません。
むしろ、その反対で自分でなんとかしようとして
その結果不合理な行動となってしまうことが多いものです。
その部分をこそ、観察しなければ。
そして、お身体を引っ張るのではなく
「支える介助」と「移動方向を身体へ伝える介助」を職員自身が明確に区別しなければなりません。
その区別ができていないから
お身体を引っ張ってしまい、当然、不安を抱いた対象者の方は自身を守ろうとして拒否します。

こういうことを言うと
必ず「わかっているけど忙しくてそんなことはしていられない」と言う人が出てきます。
忙しいのはもちろんわかりますが、
忙しいということと、対象者の状態像を把握できていないということは全くの別問題です。
忙しいなら尚更ひと手間かけた方が入浴介助に要する時間は短くて済みます。
そして適切なひと手間は、適切でありさえすれば0.5手間に減るものです。
多忙さと自身の未熟を混同したり、問題の本質をすり替えて自己防衛で終わってしまってはいけません。

忙しいと言って、視覚情報の提示をせずに介助が長引き、入浴時間も長引いてしまえば
そちらの方がよっぽど非効率的です。
忙しいからこそ、言葉だけに頼らずに明確に視覚情報が提供できるように自身の関与を工夫すること
で時短にもなり、認知症のある方にとっても職員にとってもポジティブな体験ができて効率的だと思います。

そのためには
漠然とした「〇〇さんは声かけの理解ができない」といった漠然とした認識を改めて
どんな感覚情報なら理解できるか
視覚情報なのか、触覚情報なのか、運動覚情報なのか
どんな声かけなら理解できるか
〇〇さんの能力に働きかけるために〇〇さんの能力を把握しておかなければなりません。

案外、見落とされているのが
提示する感覚情報の順番です。
視覚情報や触覚、運動覚の情報をまず最初に提示して、声かけという聴覚情報はその次です。

疎通困難な方は何もわかっていないわけではありません。
声かけの理解が困難であるからこそ、一層、自身でなんとかしようとしています。
(その結果不合理な言動となってしまうことも多いですが)
周囲の状況を見てはいても、周囲の多数の対象物あるいは自身の身体の
何をどうするか、どこをどうするか、わからないで困っている時にはその部分を伝えます。

まず最初に、「何」「どこ」を視覚、触覚、運動覚で提示します。
それから、次に言葉で「どうするか」を「持つ」「立つ」と伝えます。
必要であれば、動作誘導も行いますが、ここでは介助ではなく誘導なので
そこをきちんと区別して動作の最初の部分だけを弱い力で伝えるようにします。

そうすると
動いてくださる方は多くいますし
仮に、動けなくて全介助が必要となっても介助に協力していただけるようになるものです。

お薬を飲む時に拒否されるという場合も
まず、薬袋を見せてから(視覚情報提示)
次に、言葉で「お薬」と言うことで飲んでいただけるようになるケースがとても多いのです。
開口できない場合は、スプーンの先でチョンチョンと口唇を刺激してから(触覚情報提示)
次に、言葉で「口、開けて」と言うことで開口できる場合が多々あります。

介助者側が提示する感覚情報の区別をつけず、提示の順番も考慮せずに
どんなに丁寧に
「大切なお薬なのでお飲みいただけないでしょうか」と言っても効果がないことが圧倒的に多いのは
善意からであったとしても
職員側のスローガンやモットーを実践するだけになっていて
前の前にいる方の状態に合わせた配慮が為されていないことが原因です。

口腔ケアをしようとしても「口を開けてくれない」と言われることもありますが
やり方を見てみるといきなり歯ブラシを口の奥に突っ込んでいます。
それでは拒否されて当然だと思います。
口腔ケアの介助方法については、こちらでも複数の記事を書いていますので
ぜひ、サイト内検索をしてみてください。

私たちが無自覚で不適切なことをしてしまっているがために
認知症のある方が驚いたり不安になったりして結果として拒否に至るケースは
とても多いと感じています。
でも、裏を返せば、それらの問題は同時に、これから先、未来への希望ともなりうるものです。

自身の未熟に向き合うことや
現行の常識とされている関与の仕方を見直すと言うことは、辛いことかもしれませんが
異なる現実と出会うスタートラインでもあるのです。

 

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疎通困難な方へのリハ:ひも三つ編み

他者との交流を楽しむよりも
対象に向き合うことを好むような方には
ひも三つ編みを提供します。

ひも三つ編み 
  
100均でも売っている、スズランテープを3色用意します。
最初は、私が編む反対側(ひもの編み始めの部分)を持っていただきます。
すると、ちゃんと私の編む力に応じて、ひもの引っ張り加減を調整してくれるのです!

重度の認知症のある方でも
触覚や運動覚は保たれていることが多いので
保たれている感覚刺激を活用します。

硬い表情で、関与に拒否しがちな方がちゃんと引っ張り加減を調整してくれている、
こちらの変化に応じて調整してくれている
私がわざと強く引っ張って持ち手が抜けそうになった時に
思わず笑顔になられた方の、その笑顔の晴れやかさ。
二人で笑い合ったことを覚えています。

場合によっては
その後に、三つ編みをすることができる、思い出せる方もたくさんいます。
かつて、ご自身や娘さんの髪の毛を三つ編みに編んだり
草履を縄で編んだりしていた方の場合、手続き記憶として残っていることが多々あります。

ただし、この時にポイントがあります。

三つ編みをする時に
どのひもをもち、どこへ動かすのか、非常に混乱しやすくわかりにくいのです。
そこで、ポイントは3つあります。
   
1)3色使う
3色使うことで、どのひもを持つのか明確になりますし
声かけする時にも「〇〇色のひもを持って」と明確な声かけができます。
これが1色だけだと「右端のひもを持って」という相対的な位置関係を示す言葉を使わなくてはなりませんが、そのような声かけは理解するのが難しい場合もあるからです。

2)最初はひもの長さを短くする
ひもの長さが長いと、ひもを動かす時に
からまりやすくなってしまいますし、多数のひもが見えて、どのひもがどの部分なのかが
わかりにくくて混乱や不安のもとになるからです。

3)短めのひもをあらかじめ複数用意しておく
1つ三つ編みを仕上げてから、次の三つ編みの準備を始めると
「待つ」という時間干渉によって、せっかく不安なくできた動作も忘れてしまい
「できた」という体験の蓄積ができず、1からやり直すことになってしまいます。
「できた」という体験の後にすぐにもう一つ「できた」体験ができるような場面設定をしておくと
成功体験の蓄積が可能となり、手続き記憶を思い出しやすくなり、
長めのひもでもスムーズに編むことができるようになります。

出来上がった三つ編みは
上の写真のように、空き缶の周りに貼り付けると
多少の編み目の不揃いさがあっても、かえって良い味わいとして見えるものですし
玉のれん(若い人は知らないかもしれませんが、昭和の時代には家庭に必ずぶら下がっていたものです。検索してみてください。)のように飾りつけても
懐かしく思い出だしてもらえると思います。

ここで強調しておきたいことがあります。
Activityを提供する時に
「私も一緒にやるから大丈夫」という言葉は使わないようにしましょう。

構成障害があるか、その恐れがある方に対して「私と一緒にやるから大丈夫」という言葉は禁句です。
構成障害とは、その定義上、見比べることの障害なので
職員のやり方を模倣することは困難です。
ところが、認知症=忘れてしまう という認識しか持っていないと
職員が構成障害への配慮ができなくて適切な関与ができていないのに
「やろうとしない」「いうことを聞いてくれない」などと
認知症のある方の側に問題をすり替えてしまう人も出てきます。

認知症のある方は、そもそも暮らしの困難を抱えています。
楽しみであるはずの余暇時間なのに、わざわざ困難に直面させ、困惑体験や失敗体験をさせる必要はありません。
ところが、たとえ善意からであったとしても
提供する側の職員の知識のなさから
職員側の問題を自覚しにくいという表面化していない、でも、根深い問題があると感じています。
この問題については別の記事で書いていきます。

職員のやり方を見て模倣しなくても
三つ編みができるように場面設定を調整することが重要です。

ひもの引っ張り加減の調整ができて
いったんは、三つ編みができても
やっているうちに混乱してしまったら
もう一度、編み始めの部分を持っていただき、引っ張り加減の調整をすることを体験していただいてから、再度短めのひもで編むことに挑戦していただくとスムーズに編めることもよくあります。
混乱したら、混乱なくできる一つ前の工程に戻るということも、
認知症のある方にActivityを提供する時の大切な基本です。

 

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疎通困難な方へのリハ:手遊び

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疎通困難な方でも
まったく通じないという方に出会ったことはありません。
何かしらの方法で理解していただけます。

言葉でのやりとりが難しかったとしても
認知症のある方は、常に周囲の状況を感受し認識しているからです。
そして、私たちの関与が本当に援助なのか、援助という名の強制なのかを感受しているからです。

援助と強制のすり替えは
無意識にリハやケアの現場で起こっています。
このすり替えは、単に業務多忙が理由ではなく
そもそも対人援助職そのものが内包する課題でもあるからです。
このことは拙著でも記しましたが、別の記事できちんと書いていきたいと思っています。

言葉でのやりとりが困難な方に
言葉でやりとりするように促すのではなく
言葉でのやりとりが困難なままでも
対象に適切に対応することや他者との交流体験を提供することであり
その過程において、失敗しない・困惑しないという成功体験を蓄積することが大切です。

言葉でのやりとりが困難でも他者との交流を楽しまれる方には、手遊びをします。
例えば、認知症のある方と向き合い「茶摘み」を歌いながら手を合わせます。
🎵夏も近づく八十八夜と歌いながら自身の手と認知症のある方の手を合わせていきます。
この時に、お互いが相手とのタイミングを合わせようとすることができないと
手と手が途中でぶつかってしまったり重なってしまったりして動作が止まってしまいます。
また、一節歌って次の節を歌い始めるタイミングも合わせる必要があります。
このタイミングを手と歌声の両方で揃えなければなりません。
言葉ではない、非言語的な「相手の認識」と「相手と呼吸を合わせる」というコミュニケーションが求められます。

言葉でのやりとりが困難でも
タイミングを合わせようとする方、見事にタイミングを合わせられる方、調節しようとする方はたくさんいます。
ズレてしまった時に「あ、ごめんなさい。」と発言されることもあります。

ちゃんとわかっている!

今、何をすべきで、自分ができたかできないか

手遊びの速さを少しずつ早くしても
ちゃんと速さに合わせて手の動きと歌声を早くすることができる方もいます。

このような、非言語でのやりとりを繰り返すことで
疎通困難さが完全に解消されることはなくても
日々の暮らしのちょっとした場面で適切な言葉がスッと出てくることが増えてきます。
「どうぞ、おかけください。」
「はい、待ってます。」
別の職員が冗談で「尻隠して頭隠さず」と言ったら
「あら、それ違うわよ。頭隠して尻隠さずよ。」と即答されたこともあり感動しました。

ただし、誰もが他者との交流を楽しむわけではありません。
疎通困難でも良好でも、他者との交流を楽しまれる方もそうでない方もいます。
「何をするか」を選択する際に、私が重要視しているのは、その方の特性です。
自身で対象に向き合うことを楽しまれる方にぴったりなのが
ひも三つ編み です。
次の記事で、何がどんな風に良いのか、どんな風に行うのかをご説明します。

 

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疎通困難な方への対応

飲みもののチカラ

疎通困難な方に対応していると
だんだんと疎通が改善されることはよくあります。

ポイントは、言葉に頼らない。
言葉以外の非言語的理解を確認しながら
自身の非言語的表出をコントロールするということと
要所で明確で端的な言葉を使うということです。

そして疎通困難な方の移乗やトイレ介助、入浴場面などで
声かけをしても理解できないとすぐに動作介助をしてしまいがちですが
声かけをして理解できない方には、視覚的な情報を提供することがポイントとなります。
この時に、認知症のある方がこちらが指し示したところを見てくれたかどうかを確認しながら
次へ進むことが重要ですが、案外現場ではこの部分が抜け落ちています。。。

介助が、身体を通したコミュニケーションではなく
〇〇させる、ことになってしまっています。
食事介助にしろ、移乗介助にしろ、口腔ケアにしろ
認知症のある方が〇〇するのを援助する のではなくて〇〇させてしまっている。
当然、そこに拒否が生じます。
すると、介護拒否というレッテルを貼られて悪循環に陥ってしまう。。。

本当にもったいない。
次からの記事で具体的に
現場あるあるの改善提案について書いていきます。

 

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口腔ケアを拒否する方への対応

認知症のある方に
口腔ケアをしたくても、口を開けてもらえなかったり、嫌がられてしまったりして
どうしたら良いのか困ってしまうことも多々あるようです。
無理やり介助して指を噛まれてしまったり
意思尊重という名目で口腔ケアを疎かにしてしまうことに疑問を抱いても
じゃあ、どうしたら良いのかわからないと
対象者の方に申し訳ないし、自分自身も辛くなってしまうと思います。

現場あるあるで案外自覚されていないこちら側の介助の仕方に問題がある場合についてご説明します。これはもう今すぐにでも改善できてしかも効果がすぐに現れます。
それは、「歯磨きをしましょう」という声かけは確かにしているけれども
声かけと同時に既に歯ブラシを口の中、しかも奥歯のあたりに突っ込んでいるという介助の仕方です。
これでは拒否されて当然だと思います。
忙しいのはわかりますが、そんなやり方をしていたらかえって時間も手間もかかりますし、
認知症のある方も嫌な思いをするし、職員だって何も良いことがありません。
  
認知症のある方に関わるどの職種も今は本当に忙しいです。
余裕を持って働けている人などいないと思います。
余裕がないと口腔ケアっておざなりにされがちなケアでもあります。
しないことによるデメリットが直後に目に見える形では現れにくいからです。

だからといって、口腔ケアをしないことやぞんざいな方法でケアをすることはとても肯定できません。

問題は、認知症のある方への対応全般が「優しく・否定しない」などといった心理的な接遇面に偏っていて、実際の現場での困りごとと乖離していることにあると考えています。
言語理解力が低下している認知症のある方も大勢いますが
BPSDがないとそれらの認知機能障害について見落とされてしまうことがあります。
認知症のある方の状態像を的確に把握できないために適切な対応ができずに
結果として認知症のある方の生活障害を改善できないでいるとしたら
まず、すべきことは認知症のある方の状態像を把握することなのです。
そして、認知症のある方の状態像を把握するためには、まずこちらが適切な対応ができることが必須です。

多くの人が疎かにしている、でも、実際にとても重要なことは
口腔ケアをする前にきちんと正面から認知症のある方の名前を呼んでアイコンタクトをとることです。
この時の口調と表情も重要です。
口調がキツければ、受け取る側が身構えて当然です。
穏やかな口調で名前を呼びかけます。
この時にマスクをしているからといって自身の表情に気をつけない人もいますが
マスクをしていても、ニッコリと笑顔で呼びかけましょう。
「あなたに用事があるけれど、悪い用事ではない」
ということを自身の声のトーンと表情で伝えるのです。

アイコンタクトがとれたら
歯ブラシを目の前に提示します。
歯ブラシを見たことを確認してから
歯ブラシを横に動かすジェスチャーをしながら「歯磨き」と言います。

ここで大切なことは順序です。

認知症のある方は、生きている限り能力を発揮しています。
私たちの声かけや動作介助は本来は
認知症のある方の周囲の感受・認識・対応といった一連の過程を援助するものだからです。
 
歯ブラシを提示し目で見てもらうことで
認知症のある方の視覚的理解力に働きかけます。
私たちには周囲のたくさんの対象がある中から無意識に注意を選択し、注意を向けることができているので気がつきにくいものですが
認知症のある方だって周囲の多数の対象を目で見ています。
最初に声かけという聴覚情報だけを提示すると多数の対象の「何」に注意を向けて良いのかわからないこともあります。
だから、まず最初に注意を歯ブラシに「だけ」向けやすいように、歯ブラシを提示するのです。
これだけで「あぁ、歯ブラシだ→歯磨きするのかな?」と認識できる方も大勢いますが、そうでない方もいます。

だから、次に目で見てもらった歯ブラシが「何をするものであるか」ということを
横に動かすジェスチャーをすることで、視覚的情報で再認(目で見ることで思い出す)を促します。
さらに、聴覚情報という声かけで「歯磨き」をするものだということを伝えます。
ここまでの関与で開口に協力していただける方も大勢います。

一方で、まだ開口できない方もいます。
そのような方には、体験を通して思い出すことを促すために
嫌がられない範囲で、見えている歯をブラッシングしていきます。
最初は、下の前歯だけブラッシングするとだんだんと歯ブラシを奥に向かって動かせることを感じるようになります。
「歯を磨くとお口の中がスッキリします」と感覚に働きかける声かけをしながらブラッシングを続けると奥歯の上まで磨けるようになります。
奥歯の上側を磨けるということはかなり口を開けられるようになっていることを意味します。
すると、歯の裏側や上の歯までブラッシングしている間、こちらが何もしなくても開口保持してくださるというのは、とてもよくあることです。
そうなったら「そうです。そのまま口を開けていてください。」「ありがとうございます。そのままお願いします。」などという声かけをします。

つまり
認知症のある方が口腔ケアに協力してくれない という問題設定をしてどうしたら良いのか
と考えるのではなくて
認知症のある方に口腔ケアをするのだ ということをどうしたら伝えることができるのか
という問題設定をした上で
どういう感覚情報を提供したら感受しやすいのか、認識しやすいのか
ということを介助という体験を提供しながら観察することで情報を収集し
同時に収集した情報に基づいて提供する体験を変更していく という関与が必要なのです。

 

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痛みがある方の動作介助

案外、知られていないようなので書いておきます。

腰痛などからの回復過程で
少し動けるようになったけど、まだ痛い。。。という方の動作介助

そんな時には
身体の重さを支えて動作そのものは、ご本人にやっていただきます。
例えば
端座位〜仰臥位への姿勢変換時は
体幹の回旋動作も含まれるし、自身の重さを支えながら動かなくてはいけないので
結構痛みが生じる場面でもあります。

職員は対象者の方の背中に手を回して身体の重さを支えます。
ご自身で足を動かせるようなら
ご自身のペースで足を動かしてもらいますし
足を動かすと痛みが増すようなら
足の下に手を入れて足の重さを支えるようにしながらも
足の動きはご自身で動かすようにしてもらうと
最小限の痛みで動作ができるようになります。

ここでよくある誤解が
痛いんだからと全介助をしがちなことです。
身体の重さも動きも職員が介助してしまうと
痛みの生じる瞬間や回避する肢位の調整ができないために
かえって痛くなってしまうことがあります。

腰痛発症からの回復が長引いている時など
「ご本人の気持ちのせい」といった決めつけをするのではなく
職員側の知らないが故の不適切な動作介助によって
痛みを長引かせている可能性について検討し改善して欲しいものです。

 

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評価を踏まえた対応:身体リハの場面

もともと認知症がある方が
骨折などで入院し身体的なリハを受けることになる
というのも現場あるあるです。

近時記憶障害があれば
骨折し入院し手術したことも忘れてしまうことも起こります。
座ってじっとしていれば痛くなくても
リハで立ち上がった時に痛みを感じるということはよくあります。
ここで、骨折し入院し手術をしたことを忘れていれば
「立つと痛い→立つから痛い→立ちたくない」
という判断をしても不思議はありません。

リハスタッフは多くの場合
MMSEやHDS-Rを施行し「近時記憶障害あり」と判断しています。
ですが、検査は検査で終わってしまい
検査結果を対応に活かすことは何故かあまりされていないのではありませんか?

私は立ち上がりの練習をする前に必ず声をかけます。
「〇〇さん、今から立つ練習をします。
 立つ時に足が痛くなるかもしれませんが
 骨折して手術したからです。
 だんだん痛みも軽くなりますから
 心配せずに立つ練習をしましょう。」

そして、この声かけの頻度も認知症のある方の近時記憶の状態に応じて変えています。
HDS-R18/30点くらいの方であればリハ開始時に一度声をかける程度で大丈夫なことも多いけれど
HDS-Rが3/30点の方には、立ち上がるたびに同じ説明を繰り返すようにしています。

実際、3/30点の方でも
身体的なリハを提供し改善し
すべき声かけと回避すべき場面を明確化し情報提供した上で
もっとリハの充実した老健へ移行することができました。

ところが
現場では「HDS-Rが3/30点」と認識していても
実際のリハの現場で事前に痛みが生じる恐れについて声をかけておく人は少ないものです。
そして、その結果、立ち上がり時の痛みと痛みが喚起する不安について認識できず
「立ち上がりを嫌がる」「リハ拒否」「認知症のためにリハ実施困難」
とレッテルを貼っているのではありませんか?

認知症のある方の身体リハがうまく進められない。。。という理由の1つに
私たちの側の問題もあるのではないでしょうか。

私たちは評論家ではなくて援助職です。
認知症のある方の困難を減らすような関与ができるからプロなのです。
HDS-Rが18/30点であれば、どのような支障が生じるか予測できる
HDS-Rが3/30点であれば、どのような支障が生じるか予測できる
近時記憶障害の程度に応じて
イマ・ココでどのような関与をすべきか判断できる。

検査結果を評価に活かす
評価を根拠とした対応の工夫ができる

ほんのちょっとした工夫のように見えるかもしれませんが
認知症のある方がどのように環境を感受・認識しているのかを
意識化することができているかどうか
この違いはとても大きな違いです。

 

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開けられないのは口唇?歯?

口腔ケアの時に
拒否を誘発するような介入をしていなくても
「口を開けない」というケースもあります。

そのような時には
口唇を開けられないのか
歯を開けられないのか
をまずきちんと確認します。

口唇を開けられない時には
口唇中央に軽く指先を押し当て
「唇の力が緩みます」と声をかけながら
小さく円を描くようにします。
するとだんだん口唇中央が緩みますから
緩んだところに歯ブラシを当てて
見える範囲でブラッシングを行います。
さらに緩んでくるので緩む範囲を確認しながら
緩んだ範囲でブラッシングをしていきます。
奥歯の上面をブラッシングできれば奥歯の裏側もブラッシングできます。
ここまでくれば、前歯の裏側もブラッシングできるようになります。
大切なことは、相手の口唇の緩み具合を確認して緩み具合に合わせてブラッシングを進めることです。

歯を開けられない方も同様で
まずは見える範囲でブラッシングを行います。
するとだんだんと奥歯へブラッシングを進められるようになりますから
奥歯の上面をブラッシングできるようになるまでは
焦らずにゆっくりとブラッシングを進めます。
奥歯の上面がブラッシングできればしっかり開講できているのでもう大丈夫です。

いきなり歯ブラシを口の中に突っ込むのではなく
できる範囲で行いながら、できる範囲を広げていきます。
その過程において相手とブラッシングを通したノンバーバルコミュにケーションを行うのです。

歯ブラシで磨くことに相手を合わせることを考えるのではなくて
相手の受け入れ状態を感受しながら歯ブラシでブラッシングを行い
ブラッシングを行うことで「何をしているのか」「どうして欲しいのか」を伝えます。

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