私たちは仕事柄
「CVA後遺症」「骨折」「認知症」
という診断名のある方とたくさんお会いしていますが
相手にとっては、初めての体験。
それは、忘れてはいけないことの1つだと思う。
「今は、とてもそんな風には思えないかもしれませんが…」
私たちがたくさんの方をみてきていることのメリットを
初めての体験で困惑している方にとって
メリットになるように、言葉を選んで使う。
意図こそが大事。
意図は、作用の方向性を決定する。
8月 02 2012
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8月 01 2012
申し送りなんかでよく聞く言葉。
「問題ありませんでした。」
…???
「お変わりありませんでした。」
じゃないのかなぁ?
実際の言葉にはしていなくても
「問題ありません」と言ったということは
その人の問題行動の有無を見ていた
…と言明したことになるし
「お変わりありません」と言ったということは
その人が変わりなく過ごしていたかどうか
…を見ていたと言明したことになる。
言葉って本当に怖い。
でも、逆に活用もできる。
言葉を意識して言ってみると
見えてる景色が変わると思う。
言葉には、扱う人の意識が投影されてる。
逆に言えば、言葉を変えることで意識も変えることができる。
リハビリテーションが依って立つ根拠だもの。
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7月 31 2012
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7月 30 2012
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7月 26 2012
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7月 24 2012
「OTは、なかなか他職種に理解してもらえない」
「OTを理解してもらおうと思って」
こういう言葉をよく聞きます。
きっと一生懸命がんばっているんだろうな…と思うのですが
でも、正直、私には不思議なんです。
私は、他職種にOTを理解してもらおうとは、あんまり思わない。からなんです。
そのかわり、痛切に思ってきたのが
「まっとうに仕事ができるようになりたい」
「対象者の方に、具体的現実的に役に立てるようになりたい」
ということです。
他職種とは
方針を共有したい。
連携を強化したい。
とは強く思ってきましたが…。
普通に考えて
サラリーマンが取引先に自分の仕事を理解して
…って言うだろうか?
まず、取引先の要望にそって最適の解決策を提示して
自分の会社ではこれができます!って言うんじゃなかろうか?
そんな風に考えています。
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7月 20 2012
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7月 20 2012
の記事で、現行よく言われている「褒めてあげる」という言葉への違和感を書きました。
1年以上前の記事ですが、最近になってその違和感を振り返れるようになってきたので、改めてとりあげてみたいと思いました。
そもそも、「褒める」ことは目上の人が目下の人に向かってすることで目下の人が目上の人に対してすることではない。だとすると、お年寄りに対して「褒める」ことを励行する時点で非常に失礼なのではないかと感じていました。また「寄り添って」「その人らしさを尊重して」という言葉の真意としての「尊敬」という概念と矛盾するのではないかとも思いました。
人間が生きていくうえでさまざまな矛盾を抱えているのは、この年になればさすがにわかりますけれど(^^; よりよいサービスを提供する…ということを考える時に、最低限考えられる限りは整合性のあるものを提供して初めて矛盾ある生に向き合えると考えていますので、現行よく言われている「褒めてあげることが大事」というスローガンはおかしい。と思っています。
また、神奈川県作業療法士会ニュース147号
http://kana-ot.jp/wpm/news/files/2011/07/147.pdf
の8-9ページに掲載されているインタビューで失敗談として取り上げていますが、私たち職員がどんなに褒めても、ご本人自身が落ち込んだ気持ちは変わらなかった…という体験をしています。
「褒めてあげることが大事」とよく言われているけれど、それは違う。
でも、概念としては違っている言葉が、何故こんなに流行しているのか。
こんなに流行しているのは、何かしらの意味があるから出回っているのではないだろうか…と考えました。
本当によくない言葉なら、みんな使わないだろう…とも思ったのです。
人口に膾炙するからには、それだけの理由があるはず。
もしかしたら、この言葉のどこかに何か重要な本当に大事なことが含まれていて、たまたま褒めるということと似ている概念があってそれがすり替えられて言い伝えられているのではないか。と思い至りました。
そこで思いついたのが「確認」です。
「それでいいんだ」と伝えること。
認知症のある方は記憶の連続性が低下しているので、自分の言動の根拠を過去の記憶と照合することが困難になります。
果たしてこれで本当によいのかどうか、自信がない。
自分だけでは判断するべき「根拠」がわからない。
だから、誰かにそれでよいのだと言われて安心する。
とりわけ、確証が得られやすいのが、褒められる…ということだったのではないかと。
だとしたら、尊敬するということと矛盾しません。
言葉に敏感になる…ということは概念に明敏になるということだと考えています。
言葉の限界はあるけれど、だからこそ言葉を意図的に明確に扱えるようになりたいと考えています。
本当は
「褒めてあげることが大事」
なのではなくて
「それでいいんだと伝えることが大事」
だったのではないでしょうか。
今はそう考えています。
でも、私の経験では
認知症のある方ができなかったことができるようになった時
褒める…なんて心理的距離のあることじゃなくて
本当にうれしいから、ともに喜ぶ!感じなんですけどね。
その人自身の能力と特性が
その人自身の日々の暮らしの困難を乗り越えていく
その過程をともにした者としては、まずうれしい!とにかくうれしい!本当にうれしい!
…のです。
だから、今は
過程において、それでいいのだと伝える。
結果において、ともに喜ぶ。
そう考えています。
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