Tag: 対応

形容詞にせずに動詞で考える

認知症のある方に対して
形容詞にせずに、動詞で考えると良いと思う。

たとえば
大声で喚き立てるAさん
ではなくて
Aさんが大声で喚く

前者だと
「大声で喚き立てる」が焦点化されてしまい
Aさんは常に大声で喚く人
…というイメージになってしまいかねません。
Aさんは大声を出さない時だってあるのに
その時への意識化がなされにくくなってしまいます。

後者だと
Aさんという個人が焦点化され
Aさんは大声を出す時もあるけれどそうでない時もある
ということが意識化されやすくなります。

この違いを明確にわかる…ということは
すごく大きなことなんだと感じています。

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1人より2人、2人より…

仮に、たった1人、自分だけでも
がんばることの意義はある

認知症のある方にとって
たった1人でもピンポイントの対応ができれば
それは、世界が変わったに等しいこと

でも、1人より2人、2人より…

そうなったらどんなに心強く感じることでしょうか

「勉強になりました」
「もっと勉強しようと思いました」

そういう言葉をいただく度に
とてもうれしく、また、励まされます。

学ぶべきことはたくさんある
私もがんばるぞー!

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知識に裏付けられない対応の脆さ

優しく
丁寧に
尊重を

…などなど、認知症のある方への対応について
巷にあふれている言葉ですが
知識に基づかない、知識に裏付けられていない状態では
実践しきれないのと違うんじゃないのかな?

それらが如何に脆いものか

それは、働いている人自身が
一番身に染みて感じているんじゃないのかな?

「そりゃわかるけど…でも…」
そう思ってしまう時があるんじゃないかな?

何か違和感を感じつつ
辛い思いを押し殺しているんじゃないかな?

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呪縛からの自立

認知症のある方に
どのように対応したらいいのか
いろいろな体験を経て感じていることは
私たちは、呪縛の中にいる
ということです。

自覚できていない思い込みに気づいた時に
慄然とする…という経験を何度もしてきました。

呪縛に気づいたきっかけは
今、何が起きているのかを
ただ、そのままに観ること

混沌からのブレークスルーは観ること

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8割バッターをめざす

認知症のある方の対応について
具体的に言語化するように努めていることは
以前に書きましたけれど
自分の中で8割の再現性を確認してから伝えるようにしています。

それだけの再現性がなければ実用的ではない
と感じているということと
認知症のある方にとっては
「状態の変動」というのは必須なので
100%は求めない
という意味があります。

十分に吟味した方向性にそって
具体的に工夫したのに
困難なことが時々あるからといって
考えだした方法を全否定はしない…ということです。

何も考えず
何も工夫せずに
「そういうときもあるさ」
とは言えないと思いますが(^^;

世の中いつもすべてが万々歳
なんてことはありえないし
ゆとりというべきか
あきらめというべきか
わからないけれど
私は8割バッターをめざしています。

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ピンチはチャンス

BPSDは確かに困りごとではありますが
今初めてそこまで能力が低下したわけではない。

能力低下はあったけど
表面化していない時期を経て
BPSDとして表面化するようになった
…と思ってる。

ほんとは、そこまでの間に
対応の工夫をピンポイントで考えられたらいいと思う。

たぶん、そこまでの間は
認知症のある方のほうでなんとかしのげてたんだと思う。

だからこそ
ピンチはチャンス。

その方にとっての対応を真摯に考えられる
その方自身にとっても
私たちにとっても
チャンスなんだと思う。

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再現可能に言語化

認知症のある方への対応の傾向というのはあります。
もちろん、その時その場の関係性において
異なる部分もありますが
回避したい場面や、混乱から脱しやすい方法というのは
一般化は困難でも、その方その方にとっての傾向はあります。

認知症のある方への専門家としての援助の1つに
暮らしの困難の改善…が挙げられると考えています。
この部分に、OTはもっと積極的に関与すべきだと考えています。
(単に、気をそらせるためのAct.導入なんかじゃなくてね)

自分の中で再現できるように
他の職員やご家族でも再現できるように
言語化する…ということをすごく考えます。
その時に、印象に残るように、端的に言い表せるように
「キャッチコピー」もあわせて考えるようにしています。

政治家でこれが得意な人は演説が上手…って何かで読んだことがあります。
私は政治家じゃないけど
「伝える」ということを考えた時に
とても良い方法だと思い、以来、意識してトレーニングしています。

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医学と暮らしの橋渡し

スローガンを声高に叫んでるだけでは
実行性はないと思ってる。

そういうことって
あちこちで起こっているんじゃないかなぁ?

認知症のある方への対応もしかり。

目の前のAさんの能力と困難と特性を踏まえて
具体的に現実的に対応の提案ができる。

それはつまり
疾患特性や障害の把握ができて
初めて可能なこと。

医学と暮らしの橋渡し

それが今、本当に求められていることだと感じています。

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