Tag: 対応
そのまま進行方向に進んでぐるっと大回りして
結果として向きを変える。という方法のココロは
「安全確保」と「相手を否定しない」ということです。
後ろからひっぱられる
その場で180度向きを変える
…ということは、身体的には
バランスを崩しそうになる怖さ・不安感を増す
転倒するのが怖くて嫌がる…という場合が少なくありません。
また、心理的には
自分がしようとしているのに
否定された、邪魔された…と受けとめられがちです。
結果として
進む先が変わればいいんだから
何も今すぐ、そこで、向きを変えることに
こだわらなくたっていいじゃないですか。
大回りしたって要する時間は1分もかからないんだし
ね。(^^)
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番外編ばかりじゃ
「具体的・現実的に役立つ」よっしーワールドの名が泣くので
そろそろまっとうな記事を書かないと… (^^;
ということで
認知症のある方への対応について
昨日の勉強会でもお伝えしましたが
「使える」方法論とそのココロをお伝えしまーす!
認知症のある方がどこか行ってほしくない所へ行こうとしたら
どう対応しますか?
追いかけて後ろからひっぱってその場で方向転換させる
…という対応って案外とてもよくみかけるように思います。
そうではなくて
そのまま進んでいただきながらぐるっと大回りして
結果として戻ってくる
そういう対応がGood!
そのココロは…また明日。
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Tipsに使われるのではなく
Tipsを活かせるように
認知症のある方への対応は
対応の意図のベクトルが伝わる
同じTipsを使っていても
意図がControlならば活かされないし
意図がRe-Habilisであれば活きるのだと思う
Tipsの善し悪しではなくて
Tipsを扱う人の意図の適否なのだと思う。
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認知症のある方に対して
形容詞にせずに、動詞で考えると良いと思う。
たとえば
大声で喚き立てるAさん
ではなくて
Aさんが大声で喚く
前者だと
「大声で喚き立てる」が焦点化されてしまい
Aさんは常に大声で喚く人
…というイメージになってしまいかねません。
Aさんは大声を出さない時だってあるのに
その時への意識化がなされにくくなってしまいます。
後者だと
Aさんという個人が焦点化され
Aさんは大声を出す時もあるけれどそうでない時もある
ということが意識化されやすくなります。
この違いを明確にわかる…ということは
すごく大きなことなんだと感じています。
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仮に、たった1人、自分だけでも
がんばることの意義はある
認知症のある方にとって
たった1人でもピンポイントの対応ができれば
それは、世界が変わったに等しいこと
でも、1人より2人、2人より…
そうなったらどんなに心強く感じることでしょうか
「勉強になりました」
「もっと勉強しようと思いました」
そういう言葉をいただく度に
とてもうれしく、また、励まされます。
学ぶべきことはたくさんある
私もがんばるぞー!
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優しく
丁寧に
尊重を
…などなど、認知症のある方への対応について
巷にあふれている言葉ですが
知識に基づかない、知識に裏付けられていない状態では
実践しきれないのと違うんじゃないのかな?
それらが如何に脆いものか
それは、働いている人自身が
一番身に染みて感じているんじゃないのかな?
「そりゃわかるけど…でも…」
そう思ってしまう時があるんじゃないかな?
何か違和感を感じつつ
辛い思いを押し殺しているんじゃないかな?
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認知症のある方に
どのように対応したらいいのか
いろいろな体験を経て感じていることは
私たちは、呪縛の中にいる
ということです。
自覚できていない思い込みに気づいた時に
慄然とする…という経験を何度もしてきました。
呪縛に気づいたきっかけは
今、何が起きているのかを
ただ、そのままに観ること
混沌からのブレークスルーは観ること
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認知症のある方の対応について
具体的に言語化するように努めていることは
以前に書きましたけれど
自分の中で8割の再現性を確認してから伝えるようにしています。
それだけの再現性がなければ実用的ではない
と感じているということと
認知症のある方にとっては
「状態の変動」というのは必須なので
100%は求めない
という意味があります。
十分に吟味した方向性にそって
具体的に工夫したのに
困難なことが時々あるからといって
考えだした方法を全否定はしない…ということです。
何も考えず
何も工夫せずに
「そういうときもあるさ」
とは言えないと思いますが(^^;
世の中いつもすべてが万々歳
なんてことはありえないし
ゆとりというべきか
あきらめというべきか
わからないけれど
私は8割バッターをめざしています。
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