Tag: リハビリテーション
すでに何回も登場している
「ゲド戦記」アーシュラ・K・ル=グウィン
http://www.iwanami.co.jp/hensyu/jidou/index_ged.html
何回も読み直している大好きな、私にとっての宝物の本。
「ゲド戦記 IV 帰還」に
「学び方は学んであった」という記述が出てきます。
闇の世界で育ち、
ゲドを助け、助けられ、
その後まったく未知の世界で暮らすことを選択したテナー
新しい場所で自分は何も知らない、何もできない
けれど学び方は学んであった。
学び方を知っているおかげで
新しい場所で初対面の人から教えられたことを習得していった。
「学び方を学ぶ」
最初にこの言葉に出会った時に、ちょっとひっかかった。
当時は他の言葉にもっと強い印象を受け
しばらくは忘れてた。
しばらくして、またこの言葉に戻ってきた。
あぁ、そうなんだ。
実習で大切なことって
一連の過程を通して「学び方を学ぶ」ことにあるんだ
そう思い出したことがあります。
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あちこちでいろいろな団体主催の研修会が
花盛りの今日この頃ですが
世間広しと言えども
「目標設定」の研修って聞いたことがありません。
昨年、作業療法総合研究所OTLabの主催で
研修会の講師を務めたくらいです (^^)
今日は小田原OT勉強会で「目標設定」について
お話をいたしました。
雨の中、ご参加くださったみなさま
どうもありがとうございました m(_ _)m
「目標設定」をめぐる現状に
何とか風穴を開けたいと思っています。
今日、お話を聴いてくださった方から
実践の輪が広がっていくことを願っています。
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平成27年7月5日(日)に東京の日本印刷会館にて
合同会社geneさん主催の
「認知症のある方への評価のすすめかた」セミナーで
お話をしてきました。
参加してくださったみなさま、お疲れさまでした。
運営を担当してくださったAさん、どうもありがとうございました。
自分が話してたせいか、あっという間に
1日終わってしまった…というのが率直な感想です。
少しでも、みなさまの臨床のお役に立つようでしたら幸いです。
また、この続きの
「認知症のある方への評価から対応まで」は
8月9日(日)に名古屋会場
http://www.gene-llc.jp/seminar_info/?id=1427767032-613380
10月18日(日)に東京会場
http://www.gene-llc.jp/seminar_info/?id=1430123048-513436
で開催されます。
詳細は合同会社geneさんのサイトをご参照ください。
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私は本当にラッキーだったと思う。
リハの養成校の時に
スプリントの授業で型紙をきちんととることの大切さを教わった。
別の授業ではAct.を対象者の方に提供する前に
実際に自分でやってみることが大切と教わった。
いずれも、準備の大切さを説く教えです。
同時に根底にあるもっと大切な思想も教わったと思う。
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気持ちだけでは何もできない。
根拠がなければ意味を伝えられない。
クリームパスタをコーヒーゼリーにつけてしまう。
否定するのでもなく、笑って受け入れるのでもなく
(一見正反対のように見えて同じことが違う形で起こっているだけ)
認知症のある方が「そうする必然」を考える。
(「そうする原因」があるのではなくて)
今、表面に起こっている現実だけを見るのではなく
結果として起こっている現実の中に
認知症のある方の障害も能力も現れている。
私たち、障害と能力のプロである作業療法士が寄与できるのは
まさにこの部分にあり、何よりも一番の強みであると考えています。
でも、作業療法士であれば誰でもできるとは思わないし
作業療法士でなければ他の職種の人にはできないとは思わない。
ただ、作業療法士が一番近道にいるとは思っています。
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この時に大切なことは
〇〇してみたら?
◎◎したらいいんじゃない?
などと「自分が」思いつけることを360度列挙するのではなくて
(こういう考え方をする人は多いようですが、それは違います)
「ちゃんと眼で見てる」
「目の前にあるモノをモノとして見てる」のですから
この能力に働きかけるような工夫を考えます。
つまり
「黒いけれど麺つゆ」ではない と
認識してもらえるような工夫をするにはどうしたらよいか?
たとえば
平たいお皿にゼリー型をひっくり返した形のまま
細かくしたり、崩したりしないで
立体を保った形のままで提供すれば
「麺つゆではない黒い塊」と見えると思います。
つまり、「能力」にはたらきかけて解決を図るのです。
現実的にはここまでで実用と考えますが
どうしても「デザート」として認識してほしい
要請があるとするなら
デザートらしい食器を工夫する
最終的には別個に提供するということになるかと考えます。
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認知症のある方が
「今」をどう受けとめているのか、考える。
考えるというよりも推測する。
「〇〇かもしれない」
「△△かもしれない」
等と360度方向「私が」思いつけることを列挙する
のではなくて
(こんな風に考える人って案外多いようですが (^^;
それは全然違います)
A、B、Cという障害と
D、E、Fという能力と
Gという特性のある人が
H、I、Jという状況を
どんな風に受けとめているのか。。。
という風に考えれば
答えは容易に浮かび上がってくる。
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観る「眼」がないと
一見悪そうに見えて、その実良いことを観てとることができない。
一見悪そうに見えてるだけのことを「悪い」こととしか見られない。
一見悪そうに見えることを「悪い」から修正・改善しようとすれば
隠れていて表面に現れていない「能力」をも
結果として、つぶしてしまうことになってしまう。
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