認知症をにんちしよう会イベント☆終了

平成29年10月1日(日)に
小田原駅東口地下街ハルネ小田原にて
認知症をにんちしよう会イベントが開催され
神奈川県作業療法士会認知症対策委員会と
認知症疾患医療センター曽我病院事務局として
参加してきましたー!

たくさんの方にご来場いただき
どうもありがとうございました m(_ _)m

わざわざお越しくださったUさんもAさんも
どうもありがとうございました!

この日のために
さまざまな準備を積み重ねてきて
事故もなく大きなミスもなく無事に終了することができて良かったです。

そして
認知症対策委員会のみんなも
事務局のおふたりも
初めての参加だったのに
生き生きとすごく臨機応変に対応してくださってすごかったです。
私も楽しい一日を過ごすことができました。

おかげさまで
ブースの方もどんどん景品もなくなり
ステージ発表も盛り上がり
本当によかった。。。(^^)

詳細については
神奈川県作業療法士会の「県士会活動☆あらかると」に近日中に記事を掲載する予定です。
どうぞご覧ください m(_ _)m

来年もこの時期に開催されるハズです。
みなさま、どうぞ来年はお立ち寄りくださいませ。
お待ちしておりまーす☆

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「認知症の評価・分析とシーティング」終了☆

平成29年9月30日(土)に
日本シーティング・コンサルタント協会さんの主催で
東京の北とぴあにて「認知症の評価・分析とシーティング」というテーマで
研修会が開催されました。

昨年に引き続き、講師としてお招きくださいましてどうもありがとうございました。

参加されたみなさま、おつかれさまでした。

企画段階から開催までの間の準備など
いろいろとご対応くださったHさん、Aさんはじめみなさま
どうもありがとうございました。
また、理事長のKさんとご一緒させていただき大変光栄でした。

昨年も感じたことですが
参加された方も熱心な方が多く
質問は…と言われて、パッと手が挙がることはすごいことだと思いましたし
組織としてきちんと運営されていることが伝わってきて感服いたしました。
みなさま、本業でお忙しいなかを会の発展のためにご尽力されていて
そういう会の文化を醸成されてこられたということは
なかなかできることではない、決して簡単なことではないと思います。

そのような会のみなさまとご一緒できて
本当に嬉しく思いました。

こんなに頑張っていらっしゃる方々との出会いは
私ももっと頑張らねば!
とハッパをかけられたような気持ちになります。
私にとって、とても励みになります。

また、とても嬉しいご質問もいただきました。
「『認知症のある方』という表現を使っていますが、何か意味があるんですか?」

おっしゃる通りで、随分前にこちらのブログでも書きましたし
いろんなところで言ったり書いたりしてきましたが
私はいつも「認知症の人」とか「認知症の方」という言葉は使わずに
「認知症のある方」という言葉を使っています。
その言葉を使うようになった経緯と理由をお話しました。
なかなか、このようなことに気がついてくださる方が少ないので
とても嬉しかったです。

と同時に
気がつかれるということは、その方自身が常に
言葉と概念に対して明敏に向かい合っていらっしゃる
ということなので、改めて背筋が伸びるような思いがいたしました。

本当にどうもありがとうございました。

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NS向けセミナー@gene無事終了

平成29年9月24日(日)に
(株)geneさん本社セミナールームにて
「ナース向けセミナー:認知症のある方への対応と考え方」が開催されました。

参加してくださったみなさま、おつかれさまでした。
担当してくださったWさん、ありがとうございました。

伝える機会をいただけたことが本当に嬉しい。

 

是非、職場で実践してほしい。

実践できるようになった時に
援助と使役の違いについて
援助するという視点に立つということの意味について
もうひとつ深い視点での考察や検討や実践が展開できるようになることを確信しています。

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更新再開は9月25日

いつも「よっしーずボイス」にお立ち寄りくださいまして
どうもありがとうございます。 m(_ _)m

実は私、
来週いっぱい、ちょいと遅めの夏休み?秋休み?をいただきますので
こちらの記事更新も1週間お休みとさせていただきます。
次回の記事更新は来週の月曜日9月25日を予定しています。

おかげさまで
7月、8月、9月と、多岐にわたるお仕事を無事に終えることができました。
(9月はまだ半分残ってるし、やらなきゃいけないことも複数あるのですが
メドは立ってるので後はやるだけだから、気持ち的にはヤマは超えた感なのです)
渦中にいる時には、しんどく感じることもなかったわけではありませんが
結局は、あっという間でした。

お休み期間中も動いているお仕事があるので
遠出ができるわけでもないし、出かけなくてはいけなかったりもしますが
それでも、まずは、お気に入りの温泉で久しぶりにぼーっとのんびりしてきます (^^)

朝晩は、めっきり涼しくなってきました。
季節の変わり目、夏の疲れも出やすい時期です。
どうぞくれぐれもご自愛ください。

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青森に行ってきました

 

平成29年9月13日(水)に
青森市にある青森県総合社会教育センターにて
青森県精神科病院・診療所協会さんにお招きいただき
「認知症ケアとコメディカルの役割〜食べることの援助」というテーマでお話をしてきました。

準備の段階から
いつも迅速にご丁寧にご対応くださったIさん
大変お世話になりました。どうもありがとうございました。
車の運転をしてくださったAさん
根曲がり竹の缶詰をくださったHさん
ご親切なお心遣いに心から感謝申し上げます。

また、お話を聴いてくださったみなさま、おつかれさまでした。

本を購入してくださった方、どうもありがとうございました。

青森は。。。
実は、2年前に座骨神経痛ですっごく辛い時に
どうしても認知症学会に行きたくて無理無理出かけた場所なのです。
せっかく青森まで行きながら、美味しいものも食べられず、ホテルと会場との行き来だけで
タクシーで行った薬局で購入したシップを貼りまくり
座る席を確保するためにランチョンセミナーの先頭に並び
そんな時に限って、知り合いの医師に遭遇し(食い意地張ってる奴と思われたろうにと思いながら)
でも、やっぱり学会に出られて良かったと思った。。。という思い出?の場所なのです。。。(^^;

食文化の違いに話も盛り上がりました☆
一番は何と言っても、スーパーにサメの頭がパックに入って売られているとのこと !!!
サメ膾やサメフライが美味しい、学校の給食や病院の献立にも出るとのこと
次に青森に行く機会があれば、絶対食べるし、スーパーにサメの頭を見にいく。と心に決めました (^^)
甘くてピンク色したお稲荷さん
(確かに駅に売っていました!初めて見ました。。。)
茶碗蒸しに甘い栗が入っているとか
こちらで筍と言えば、根曲がり竹のこととか
採りにいった根曲がり竹をゆでて皮を剥いて硬い節を切って缶詰にしてもらいにもっていくとか
知らないことがいっぱいでした。

あ、でも、食べ物の話ばかりしてたわけじゃないです。
ちゃんと講演もしてまいりました (^^)

知らないために余分な困りごとを抱えてしまう
そんな現状を変えられるように伝えられる機会を与えてくださったことに深く感謝申し上げます。

オススメされたご当地カップラーメンもゲットしましたー☆
あれ?やっぱり食べ物の話になってしまった。。。(^^;

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結果として起こることの目的化

結果として起こることの目的化
これも臨床あるあるな気がする。。。

たとえば
大昔に、「寝たきり老人ゼロ作戦」なるものがあって
確かに寝たきりはなくなったけど、でも座りきりが増えた
ってことがあった。

今、「活動と参加」の旗が振られ
確かに、何かしているようにはなったけれど
でも、私たちの脳みそがお年寄りの手足を動かしている
そんなことにはならなければいいけれど。。。と危惧してしまう。

たぶん、デイとか「何かする」ことが
ひとつの提供すべきサービスとして求められている場において
切実に現場の職員は困っていたりするんじゃないかしら?

ありていに言えば
「今日は何をしてもらおうか?」
一歩進めて
「これってこの人にとってどういう意味があるんだろう?」
「この人に本当にこれでいいのだろうか?」

そう思った時に
どう考えたらよいのか、という道しるべのような考え方って
案外、教わっていない。

希望を尋ねればいいじゃない?
って言われるかもしれないけれど
それは、病状が進行した認知症のある方に接していないから
そんな風に言えるんだと思う。

病状が進行すると
かつて好きだったことや趣味活動を言葉で答えることが難しくなるし
仮に言うことができたとしても
かつて熱中して行えていたことが
今は病気のためにできなくなってしまっている。

そんな時に対人援助職が言ってしまいがちなのが
「一緒にやるから大丈夫」という言葉だけれど
実際、一緒にやってみて、まるで私たちの脳みそが認知症のある方の手を動かしているような
気持ちになったりしないだろうか?

確かに作品は何かできあがったかもしれないけれど
これは、本当に認知症のある方がoccupyした結果、できあがった作品だろうか?

結果として起こることの目的化

これって、いろんな場面で起こってる。

美味しく食べていただきたいと願っていながらも
結果としては食べさせてしまったり

拘縮予防のためのポジショニングと言いながら
単に肘や膝を伸ばそうとしていたり

食べられるようになるのは結果として起こる
肘や膝が伸びるのも結果として起こる

結果として起こるように援助するのではなくて
結果を表面的にさせてしまう。。。

「ちゃんと食べてね」という声かけは、その最たるものだと思う。

私たちの仕事は、「言う」ことや「させる」ことではなくて
できるように援助すること。

結果として起こることの目的化は
援助とは、真逆のことだと感じています。

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「食べることの援助」@gene

平成29年9月10日(日)に
東京にある中央労働基準協会において
(株)geneさんの主催で
「認知症のある方の食べることの援助」
というテーマで一日お話をしてきました。

参加されたみなさま、おつかれさまでした。
進行を担当されたWさん、どうもありがとうございました。

認知症のある方の能力を信頼すれば
(盲信ではなくて信頼です)
食べることの援助ができるようになるケースが圧倒的に多いのです。

私たちがその能力を見いだせないために
認知症のある方が食べることが難しくなっているのです。
だとしたら、まずは私たちが変われば良いだけなのだ
ということを伝えたい。

関与しながらの観察

私たちは、自分というメガネをかけて認知症のある方の食べ方を見ている。
メガネが曇っていたり
呪文や宣伝文句が書かれているメガネをかけていれば
今、何が起こっているのか、スッキリとは観えなくて当たり前だと思う。

自分が観えていない。ということと
起こっていない。ということとは全然違うこと

そんなの、当たり前のことだけど
実際には混同されている。
ものすごくあるあるなこと。

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適切さ>正しさ

臨床で求められていることでよくある混同の1つに
「適切さと正しさ」があると感じています。

間違っていることと正しいことの区別がつくことは大切だけれど
正しければ誰かの役に立てるかというと
それはまたちょっと違うとも感じています。

一般論としての正しさでは、困っている人の役には立てないこともある。

気がついている方もいらっしゃるかと思いますが
私はこのブログをはじめ講演でもよく「適切」という言葉を使っています。

ときどき、「正しい」という言葉に翻訳されてしまうこともあるのですが。。。

その時その場のその関係性において
適切だと判断した方策をとる。
その責任を負っているのが私たち対人援助職だと思う。

「適切さと正しさ」については
論点がいくつかあるので、いずれきちんと整理してから書いてみたいと思います。

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