Tag: 観察

あちこちでいろいろな団体主催の研修会が
花盛りの今日この頃ですが
世間広しと言えども
「目標設定」の研修って聞いたことがありません。
昨年、作業療法総合研究所OTLabの主催で
研修会の講師を務めたくらいです (^^)
今日は小田原OT勉強会で「目標設定」について
お話をいたしました。
雨の中、ご参加くださったみなさま
どうもありがとうございました m(_ _)m
「目標設定」をめぐる現状に
何とか風穴を開けたいと思っています。
今日、お話を聴いてくださった方から
実践の輪が広がっていくことを願っています。
Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/1738

観察できなかったのは
知識がないために注意を向けられなかったところだから
その時に知識を確認しておくと定着すると思います。
こうなるとやっぱり教科書的な本が手元に必要
先人達の努力の集積は、ものすごいから
たいていのことは既にどこかで誰かが指摘してる。
それらの知識に触れると
目の前で起こっていたことが明確にわかる
目の前で起こっている現実と
基礎となる知識とを
行きつ戻りつして結びつけた「観察という経験」は
血肉となって忘れない。
Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/1475

観察できていない時には
腰を据えて腹をくくって観察する
でも
観察ってなかなかできそうでできなかったりする
注意を向けることができてないんだもの
見れども見えず
落とし穴にはまってる
そういう時には
観察したことを言語化してみる
言語化したものを実践してみる
その実践と目の前にいる方の言動とが
ズレているところが見落としているところだから
ズレがどこなのか、何なのかに気をつけて
もう一度観察すると
見落としていたところを観察できるようになる
良き指導者や先輩がいなくても
自分1人で観察力を磨けるようになる方法
Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/1473

大声とか暴言とか介護抵抗とか
いろいろなBPSDとしての「名前」があるけど
いったん名前をつけちゃうと
その名前って一人歩きを始めちゃう。
名前があっても
「状況」や「人」がかすんでしまう。
場面や相互作用から名前だけをきりとって
名前だけを呼びかける。
名前は便利だけど必要だけど
名前にしばられて見誤ることだってある。
名前をちょっと横に置く。
そこから見えることもある。
Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/1224

行動は雄弁な、もうひとつの言葉
言っている言葉そのものではなくて
言葉の表現のパターンを観る
「何を」だけではなくて
「どのように」を観る
言葉にするという行動が語るもうひとつの言葉
もうひとつの言葉は
ずっと雄弁でずっと豊穣
Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/1097

もちろん、近年、実習地では合否判定をしない
という養成校だってあるけど
到達目標に対する達成度判断までなくなったわけじゃない。
「私は実習落とさないから」
と言ったということは
合否判定のある養成校の学生を受けていたということだし
そういう言葉でバイザーが本当に伝えたかったのは
緊張するな。リラックスして全力発揮しろ。
なのだとは思うのだけど
意図せずに、暗に、でも、明確に実習生に伝えてしまったのは
(自分自身にも表明してしまったのは)
私は、そこまで言わなければ実習生の緊張をほぐし能力発揮できるような指導はできません。
自分の指導能力不足をルールを曲解することでしのいでいます。
実習生に対しても
そこまで言わなければあなたはリラックスして能力発揮できないでしょう
って言ってるってことと同義なのに。。。
つまり、
表面的には良い言葉と受けとめられている言葉の真意は
バイザー自身に対しても
実習生に対しても
本当は「信頼」の欠如した言葉なのだということ。
Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/842

昨日までの例で言えば
水分を飲みたがらない…というのは、
こちらの判断であって事実ではない。
事実を確認できる余地がまだあるのに
それをせずに判断してしまっていることって
とても多いように感じています。
事実を確認できるためには観察が必要。
観察できるためには知識が必要。
Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/838

たとえば
水分を飲みたがらない
と言われている方が
実は、飲みたくても飲めない
というようなケースも往々にしてあります。
コップという対象の認知ができない場合もあります。
たいていの施設や病院で使っているコップは
自宅で使うようなガラスのコップでもないし
陶器の湯のみ茶碗でもないからわかりにくいかも。ですね。
また、仮にコップを持って口に運び飲むという
見た目の動作ができても
実は、筋緊張が逆方向に働いていて
結果として飲もうとしているのに飲めない
混乱と不安で動作をやめてしまう
という場合もあります。
水分を飲みたがらない。のではなくて
水分を飲めない。ということを
把握できるかできないかの違いは
その後の対応に大きく影響してしまいます。
Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/837
最近のコメント