Tag: 関係性

検討の順序



認知症のある方の大声や不穏や訴えには必然がある。
(理由や原因ではなくて)

その必然を認知症のある方が語れるように援助するのではなくて
表面的にしなくなるように。という意図のもとに
褒めたり優しくしたり笑わせたりするのは
適切なことなのでしょうか?
すごく失礼なことなのではないでしょうか?

もちろん、その時その場の状況によっては
優先順位というものがあると思いますが
(そして暮らしに密着した場面であればあるほど
暮らしを円滑に回すということが要請されると思いますが)
それは別の話です。

混同して検討するから援助する人も認知症のある方も混乱してしまう。
そうすると悪循環になってしまいます。

いったんは
状況とは別個に
認知症のある方自身の能力と困難と特性とを把握した上で
大声や不穏や訴えというカタチの表現があった状況との相互作用について検討する。

そうすると、
認知症のある方に何が起こっているのか、
どう対応したら
認知症のある方の能力を合理的に発揮する援助ができるか
ということが観えてきます。

状況が要請する優先順位と
認知症のある方の能力発揮との兼ね合いについては
それを終えてから検討すれば整理しやすくなります。

「一生懸命優しくして褒めているのに効果がない」
と困っている人はきっとたくさんいると思います。
(私にしたら、「!」だし、だからなのよと言いたい気持ちもあるけど)

それは
あなたの優しさが足りないわけではないし
褒め方が足りないわけでもない。
検討の方向性と順位と、そもそもの前提が違う方向を向いていた
(向かされていた)だけ

だとしたら、違う前提のもとで、違う検討と対応をすればいいだけ
そうしたら
同じ認知症のある方なのに、今までとは全然違う現実が観えてくる
それは信頼をベースにした現実

安易な道ではないから
今までとは別の苦しさ辛さもあるけど
選んだ人には、今までの方法論との違いが明確に認識できるようになる

 

Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/4330

意図こそが重要だけど意図だけでは足りない

IMG_0519

より大きなチカラで寄与することができるのなら
同じだけのPowerでマイナスにも作用してしまう

「後ろ向きと前向きと、両方の方向に同時に使うことはできない」

この言葉は、アーシュラ・K・ル=グウィンが書いた
「西のはての年代記 ⅰ ギフト」という本のp.250に出てくる言葉です。

この言葉に出会った時には
自分の中の名付けられていない鬱積した塊に
明確にコトとして出会えた気持ちになったものです。

「意図こそが重要」とは
スティーブ・ジョブズの言葉です。
本当にその通りだと感じています。

でも
意図だけでは足りないと私は考えています。

作業療法士はみんな善きコトを
と願って仕事をしているはず
少なくとも、仕事を始めた時には

善きコトを願えば
善きコトが生じるワケではない
善きコトを願っていれば
悪しきコトが生じないワケではない

チカラに扱われずに
チカラを扱えるようになるには
どうしたらよいのか
ずっと考えてきました

Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/1544

良いコトづくめはない

ちょっと待った

フツーに考えて
世の中、良いコトづくめのモノなんてない
と思ってる。

良いコトづくめ…と見えたなら
それは目に見えないトコロで差し引きゼロになってる
のだと。

私は作業療法士だけど
むしろ、実習生や若手作業療法士には
作業療法の光と影
作業提供に伴うリスクをきちんと教えたいと考えてる

Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/1543

一見良さそうに見えること

我慢のしどころ

一見良さそうに見えることに
私たち自身が喜んでしまうと
かえってそれを助長してしまうことって結構ある。

本当は無理して頑張って過剰適応してるのに

日課への適応や
職員のお手伝いや
周囲への気遣いある言動など
いわゆる「良い人」って「良い」ことだからこそ
「問題」認識しづらかったりする。

Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/1430

教えることは学ぶこと

IMG_0446

「教えることと学ぶこと」
という本もありますが
実習に来ている学生がグンと伸びる時、学ぶを深める時って
指導しているこちらも学生との関係性によって
今まで無自覚にしていたことを
明確化することができるようになったり
意識化できていなかったことを再発見できるようになったり
する時でもあるように感じています。

不思議だなぁ。。。
面白いなぁ。。。

そういえば
対象者の方がグンと伸びる時もそうかも。

Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/1195

声で威圧しない



私が講演をした時に
「声がいい」
「声がすっと頭の中に入ってくる」
という感想を寄せられることがあります m(_ _)m

そういう感想はとても嬉しくて
というのも
声で参加者を威圧しないように
声で参加者をcontrolしないように
気をつけているからなんです。

職業柄、「声」にはとても気をつけています。

私は、対象者の方をcontrolしたいんじゃない。
私は、研修会参加者をcontrolしたいんじゃない。

それぞれの場で
自分の目で見て
自分の耳で聞いて
自分のココロで感じて
自分のアタマで判断してほしい

実は、無自覚のうちに
controlされたがっている人は少なくない 。
と感じています。

でも、私が声を届けたいのは
他者をcontrolしまいとして、苦しんだり困ったりしている人

私の講演やこのコンテンツが
そのような人の支えにほんのちょっとでもなれば
私はすごく嬉しい。
かつて、もがき苦しんでいた過去の私はすごく嬉しい。

Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/811

現実の中に…



目の前の現実の中に、ちゃんと、ある。

課題も
解決へのヒントも
答えも

時には
見落としてしまうことも
見逃してしまうことも
見い出すことさえできないこともある。

どれだけ見えるかは
自分のチカラ次第…なんだと思う今日この頃。

それは
悔しくても辛くても
明日の自分への応援歌。

Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/409

まず、状況確認



まず、状況を確認するようにしています。

いきなり、オープンクエスチョンで聞いても
答えが返ってくるわけはないから
クローズドクエスチョンで聞くようにしてます。

そうすると
見てはいたけど見落としていたことを(^^;
話してくれるようになる。

そこで、初めて、
こう考えてみたら?
こうしてみたら?
…って言えるようになる。

「見れども見えず」
されど
「見ればわかる」

Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/408