Category: よっしーずボイス(ブログ)

食事介助:実践する上での留意点

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口を開けてくれない、ためこんでしまう、ムセがひどい等
ほとんど経口摂取が難しくなってしまい
低栄養、脱水、誤嚥性肺炎、尿路感染などを起こしてしまった方が
もう一度食べられるようになるためには
留意点がいくつかあります。

まず、優先順位を明確にすること

たいていは、体力温存を優先しますが
そこまでの状態でなければ離床継続でも大丈夫です。

嚥下5相の
どこにどんな困難があってどんな能力があるのか
優先して使う能力は何か
その間次善の策としての対応はどうするか

次に
食形態の選択と一口量の選択を行います。

良くなっていく過程は
どんな方でもsensitiveなので
注意深く経過を追います。

体力アップを図る
一口量を上げる
食形態を上げる

それらの設定と実践の担保と確認

これができないと
いったん良くなっても容易に逆戻りしてしまいます。

つまり
きめ細やかな段階付けを行う
ということで
これは他のどんな障害のある方へのリハについてと
何ら変わることがありません。

認知症だからといって
特別なことは何もないのです。

食事介助において
その人らしさ。とか、ナラティブ。の重要性とか
言葉は綺麗ですけど、何を意味しているのか
私にはまったくわかりません。
モチロン、まったく無関係ではありませんが
もっともっと把握すべき重要な事柄が他にたくさんあるのです。

意外に私たちが見落としがちなのは
そして案外実践しそこねているのは
きめ細やかな段階付けを設定する際には
ある程度定着した能力の確認として行うのか
定着不安定な能力のトレーニングとして行うのか
提供者側が明確にしておくことということです。

あくまでも
目の前にいる方と自分との関係性において判断する
そういう心構えが一番大切なのに
誰かが言っているから(とりわけ有名な人が)とか
本に書かれているからとかを根拠に
(それらはとても貴重な知見ですが、鵜呑みにするのは違う)
自分が目の前に起こっていることを見ていない
自分が何をしようとしているのかも明確にしていないままに
言われている、書かれていることを漫然とあてはめているだけのケースが
非常に非常に多く、だからこそうまくいかない、結果が出ないのに
。。。そんなの、うまくいくはずがなくって当たり前。 (^^;
認知症のある方のせい。とされてしまうのは、とても残念で悔しい。

こういうことがEBMではない。です。

正直、
現実を知らないくせにエラそうなことを言ってる人を見ると
「?」とも思いますが
大切なことは現状を否定するのではなくて
現状を改善していくために自分ができることをする。
ということだと考えています。

私たちの側の問題なら
私たちが変わることによって
目の前の現実を変えることができる。

認知症のある方も食べられるようになり
私たちは人間の可能性の凄さの一端に触れることができ
新たな視点と新たな知識と技術を手にすることができる。

挑戦してみませんか?

たぶん、まだお申込受け付けていると思います。
(株)gene「認知症のある方への食べることへの対応」
http://www.gene-llc.jp/seminar_info/?id=1460074517-340536

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食べることで食べられるようになる

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その時々の状態を
的確に把握して的確に対応することで
その時々で食べられるようにしていくことで
食べ方も良くなり
少しの配慮で食べられるようになっていく

今まで一番少ない一口量は
シリンジで2ccから始めたケースがありました。
その他にも3ccとかあるし
ペムパルという栄養補助食品1本125ccを30分かけて摂取とか
お茶ゼリーコップに1杯を30分とか
当たり前によくあります (^^;

最初はお互いに大変ですけど
そういう量しか摂取できない方でも
多くの場合に通常の食事時間帯に通常の提供量が
食べられるようになっていきます。

2ccや3ccしか飲めない…ということを
認知症のある方のそういう状態像だという「原因」と認識するか
そういう状態像を来した「必然」があると認識するか
その違いは本当に大きい。

「原因」と認識している限り
食べ方を良くしていくことは難しい
結果として、脱水や低栄養や誤嚥性肺炎を予防することも
食べられるようになることも難しい
今までそういったことが「常識」や「現状」として
認識されていたのではないでしょうか?

でも本当はそうじゃない

「必然」と認識すれば
もう一度、私たちの実践を振り返り
異なる実践へのチャレンジをすることができる

その結果
重度の認知症のある方でも
もう一度安全に楽に円滑に早く
食べられるようになっていく

これは
本当に起こっていることなのです。

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目の前の現実が最前線

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本に書いてあることを話したってしょうがない。
それが私の講演におけるスタンスです。

申し訳ないけど
教科書は過去の知見をもとに記述されてる。

それはそれで
先人たちの努力の積み重ねによって得られた
学ぶべき大切なことが記載されているわけだけど
読めばわかるようなことを
お金を払って時間を費やしてまで聴きにはいかない
だったら本を読めばすむこと。

本には書かれていないけど
臨床において大切なこと
私が気づいていないような異なる視点
新しい知見
そういうことを知りたいから
お金と時間を使って話を聴きに行く。

私は負けず嫌いだから
モトをとることを考える
自分が選択した研修会がつまらないなんて文句を言うのは
自分自身の癪に障るから (^^;
絶対に何か1つは参加して良かったって思えるものを持ち帰る
そう思って参加してきたし、今もそうしてる。

講師の話の内容だけじゃなくて
表現の工夫
(講師自身の肉体による表現とパワポなどの媒体による表現と)
組み立てや展開の工夫
主催者の態度や設定、配慮…etc.etc.

凄いなぁ…って思ったことも
逆に他山の石とすべきことも

目の前の現実が最前線
プレゼンの本とかもいっぱい出てるけど
生身の体験に勝る機会はないです。

臨床こそが最前線
私はたくさんのことを対象者の方から教わり今も学んでいます。

それは決して臨床だけじゃない。

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自己投資は無限大

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こんなことは自慢には全然ならないけど
私は勉強してきました。とは言える。

図書館に行く時間がなかったから
ちょっとでも気になる本があれば買って
時間を見つけては読みあさり
ちょっとでも気になる研修会があれば、まず参加

初めての就職先は準公務員扱いだったから
お給料は安かったので
パンの耳とか、素ラーメンとか食べてて
当時つきあっていた彼に笑われたこともあったっけ。

そんな私ですが(私だから?)
研修会の参加費が高い!なんて思ったことは実は一度もない。
その本を読みたいから買うし
学びたいから研修会に行くし
(ちなみに今まで一番高い受講費は
バリデーションを学ぶ時で398,000円払った)
主催者が設定している金額には根拠があると思ったし
(たとえ私にわからなくても)
高いならかえって絶対にモトをとってやる!と燃えたし
どんなつまらない研修会でも学ぶべきところは必ずあるはずだから
「つまらなかった」「おもしろくなかった」
と文句を言うのではなくて
絶対に自分の身になるように学んでやる!と思って参加してた。

たぶん
その全部が今の自分を作ってくれてる
そう思う。

自己投資は無限大

本当に身につけるためには投資が必要
時には身銭を切ってムダ金を使って
そうしないと真贋の区別がつかない。

そのかわり
いったん習得した知識と技術は無限大

誰にも奪われることのない
誰にもマネできない
自分だけの能力

そういうものって
投資しないとリターンもないんだよね。

お金とエネルギーだけじゃなくて

実際に
良いと言われたものは
自分の眼と耳と手を使ってやってみて
できなくって落ち込んで
どうしたらできるようになるのか
必死になって考えて
もう一度挑戦して
そうすると講師の話がまた一段と深いレベルで理解できたり

そんな、泥臭い試行錯誤の果てに
ようやく身になる

そこにたどりつくまでの努力が
ムダになることなんて絶対にない

どんなにたくさん論文を読んでも
どんなにたくさん研修会に参加しても
それはあくまでも入口で
自分自身のアウトプットを通して
再学習をするしかない。

そういう孤独な自己投資こそが大事

頑張ってほしい。

私もガンバリます (^^)

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セミナー「食事介助」8月7日@大阪

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認知症のある方の食事介助は本当に大変です。

でも、それって私たちが大変にしてしまっている部分の方が
大きいということをご存知ですか?
私たちが変わることで
大変さを改善することができるのだということを
ご存知ですか?

認知症のある方の食べ方は
90%以上の確率で良くすることができます。
良くする…という意味は
安全に、円滑に、早く、食べられるようになる
という意味です。

そのためには
「食べる」ことに関する知識と技術と
「認知症」に関する知識と技術の両方が必要なんです。

ところが現実には
「食べる」ことに関する
知識と技術を学べる機会がほとんどありません。

「認知症」に関しても
4大認知症すら知らない人も少なくありません。

そして
認知症のある方の食べ方の改善のためには
「食べる」ことと「認知症」についての
両方の知識と技術をもった上で
視点の転換が要求されます。

だから
私が食事介助の講師を務める研修会に参加してくださる
医師や看護師、リハスタッフ
中には摂食嚥下の認定をもっている看護師や
認知症の認定をもっている看護師の方もいますが
そういう方から「勉強になった」「眼からウロコだった」
という感想を頂けるのだと思っています。

(株)geneさん主催で
実技のある食事介助に関するセミナーは
今年度この大阪会場での1回限りの開催です。

『認知症のある方の能力を発揮していただけるように援助する』
という根本的な理念と実践を
実技と体験談を通して
理解することができるセミナーです。

ご参加お待ちしております m(_ _)m

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NHK「ミラクルボディ」見ました

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7月16日(土)21:00からNHKで放映されてた
「ミラクルボディ」見ました。
http://www.nhk.or.jp/special/miraclebody/005/index.html

ロシアのシンクロペアの脅威の身体能力にびっくりです。

水中にいるときに陸生の人間は
脳を守るために筋肉の酸素消費を減らそうとして心拍数を減らす
働きがあるのだそうです。
ところがロシアのロマーシナとイシェンコは心拍数が増える
緊急時にのみ脾臓が行う働きー脾臓が収縮して蓄えていた血液を
放出することにより血液循環を保ち筋への酸素供給を維持ーを
通常化しているのだと。

内蔵の働きを変えるまでに
厳しいトレーニングをずっと継続してきているのだ。。。

人間の意思と要請される環境への適応能力は
ここまであるのだ。。。

同じくTOPアスリートのスペイン?の選手を遥かにしのぐ身体能力
彼女をして「いったいどんなトレーニングをしたらそうなるのか」
という言葉に否応もなく厳しさが伝わってきました。

そこまで身体能力を鍛えるということは
身体を壊すことと紙一重だから
きっとそのあたりのリスク管理について
ものすごい研究と知見の積み重ねがあるのだろうと思った。
その陰で身体を壊してしまった選手がたくさんいるのだろうとも。。。

自分はスポーツとは無縁の世界にいるからか
そんなに無理しないで。身体を酷使しないでほしい。
とつい思ってしまったのですが
高みを目指しているアスリートにとっては
限界への挑戦=高みへ近づくということなのかもしれない。。。

努力という言葉では届かないだろう
あまりに過酷なトレーニングを思い
その過程において得られる人間の身体能力の凄さを
思わされた番組でした。

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(株)gene「認知症」行ってきました

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7月17日(日)に(株)geneさん主催で開催された
認知症セミナーでお話をしてきました。

参加されたみなさま、おつかれさまでした。
運営を担当されたOさん、どうもありがとうございました。

途中地震があって
立ってる私が一番感じるはずなのに
気がつかないで話し続けていて
座ってる参加者に教えてもらってようやく気づいたという。。。(^^;
結構揺れてたんですが。。。
情報収集してくれたOさんによると
震度3か4くらい揺れたそうです。
でも単発でその後何事もなく無事に終了することができて
よかったです (^^)

思い起こせば〇年前に
geneさんから、一番最初にセミナーのお話をいただいた時には
丸一日お話するなんて
そんなに話せるかな?
時間が余ったらどうしよう?と思ったことがありますが
いざ実際にお話してみると、
時間が余るなんてことはなくて (^^;
伝えたいことはヤマほどあって
いつもあっという間に時間が過ぎてしまいます。

認知症のある方は
能力があるからこそ結果として不合理なカタチでの
生活障害やBPSDを起こしてしまうのだ
ということをお伝えすることができたとしたら
そしてお話を聴いてくださった方の明日からの臨床に
少しでも役立ったとしたら
私は本当に嬉しく思います。

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POST連載記事 7

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POST 理学療法士によるリハビリ職者のためのサイトに
私の連載記事が掲載されました。
http://1post.jp/2016/07/13/interview_ot_dementia_colum07/

同じコトが違うカタチで現れているだけ
だから食事介助が適切にできるようになることは
食事介助だけにとどまらず
生活障害、BPSDへも適切に対応できるようになることと
大きな関連があります。

「食べさせる」ことしかできない人は
他の場面でも「〇〇させる」ことしかできない。
それが、たとえ、優しい言葉と口調によるものであったとしても
使役は使役に過ぎない。

でも
「食べることの援助」ができる人は
他の場面でも「〇〇することの援助」を
具体的に考えられるようになる。

「具体的に」
自分の介助を気をつけられること
相手の反応を観察できること

そのための知識であり
現実化するためには技術が必要

当たり前のことですが (^^;

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