愛用していた3代目iMacさまが
本日突然、永遠の眠りにつかれました。
ちょっと前から体調不良だったのですが
でも、ずいぶん頑張ってくれました。
無理なお願いにもへこたれることなく…
どうもありがとう。
そして よろしく 4代目iMac
突然の別れと出会い
うーん、春ですねぇ…。
ところで
昨日は帰宅したら日付が変わっていて
今日はこんなアクシデントで
今週はまともに記事更新できずにスミマセン。
明日から、またあらためましてよろしくお願いします。
4月 05 2012
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4月 03 2012
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4月 02 2012
いつも「月刊よっしーワールド」「よっしーずボイス」へ
お立ち寄りくださいまして
どうもありがとうございますm(_ _)m
今日は折り入ってみなさまにお願いがあります。
コメントをいただけるということは
私にとって、非常にうれしいことなのですが
できれば、直接こちらのコンテンツのコメント欄に
コメントをお願いしたいのです。
と、言いますのも
「月刊よっしーワールド」「よっしーずボイス」
いずれも記事は私よっしーが書いておりますので
こちらのコンテンツに直接コメントをいただければ
私自身がお返事をさしあげることができます。
ところが、
神奈川県作業療法士会ウェブサイト管理委員会が開設している
ツイッターやフェイスブックの管理者は私ではないので
そちらにコメントをいただいても
お返事を差し上げることは難しいのです。
コメントをいただけるのは
とてもうれしく、またありがたいことです。
コメントをいただけると
読んでくださっている方がいるのだ
…ということを強く実感できますし
コメントによって新たな視点の発見ができたり
思考がさらに広く深まっていく体験ができます。
私自身はもちろんですが
読んでくださっている方にとっても
きっと同様の意義があるのではないかと思うのです。
「客よし店よし世間よし」
せっかくのコメントですから
みんなにとって、より有意義な「場」になるように
ぜひ、こちらのコンテンツに
直接コメントをお寄せくださいますよう
どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m
それでは
「月刊よっしーワールド」「よっしーずボイス」
今後とも引き続きのご訪問とコメント、お待ちしていまーす!
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3月 30 2012
私たち自身にとって
提供する「場」は、あまりにも自明のことなので
(リハはリハ室でする、病棟訓練は病棟でする)
リハの行われる「場」が対象者自身にとって
どんな風に受けとめられているのか
ということが抜け落ちてしまうかもしれません。
認知症のある方は
記憶の連続性が低下していて
場の見当識が低下していると
そもそも論としての前提である
提供したいリハの「内容」「Act.そのもの」以前に
それらが行われる「場」としての 意味が
認識できていないことが多々あります。
そこから毎回伝える必要のある方もいます。
どのように伝えたら
その方が理解しやすいのか
言葉で伝えるのか
視覚で伝えるのか
場の意味が理解できて
ようやく次に進むことができます。
ですので、「場」の意味の共有化というのは
対象者の方にとっては
とても大切な過程なんです。
OTとしては、
できるだけ早く「内容」を提供したいと
考えて焦ってしまうかもしれません。
でも、その前段階を共有化するということは
れっきとしたリハの過程でもあります。
(きちんと言語化して説明できれば)
あるいは「内容」を優先することが求められているのであれば
別の方法で「場」の認識の共有化を図るか
「場」そのものを変更する工夫も必要です。
白衣(ケーシー)という服装が
無自覚に喚起するイメージによって
「場」を伝える助けにもなっている病院では
あるいは、
前提条件について共有化の努力をしないですむような
知的にしっかりした対象者の方と
接することが多かった職員にとっては
提供する「内容」であるリハのことを
きちんと説明しているのに
どうして了解してもらえないのか
がわからないのかもしれません。
伝えたい「内容」がわからないのではなくて
暗黙の了解事項であるはずの
前提条件であるはずの
今、この「場」 が理解できていないのです。
逆に言えば
認知症のある方にとっての
場面設定を明確にしておくことができれば
対象者の方に余分な不安を喚起せずにスムーズに
内容であるAct.そのものに
集中してもらいやすくすることができます。
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3月 29 2012
今は診療報酬にしろ介護報酬にしろ
個別…という誘導が為されているから
OTと対象者の方とマンツーマンでやる「しか」ない
と考えるかも。ですが、「テ」はあります。
OTのいる「場」によりけりですし
使える「場」によりけりですが。
規定上、「個別」という「20分やる」という枠組みは
20分以下では認められませんが
20分以上「やってはいけない」ことを意味してはいません。
たとえば
対象者の方が1人ですることは報酬としては認められなくても
実は、とても意義あることですし
自立支援の観点からは推奨されることだと考えています。
(報酬として、リハの自主トレ加算があったら面白いのに
…と思っています)
広いスペースがあるなら
個別の時間はOTがいるからこそできることを行い
その後は対象者の方自身ができることをしていただく
という設定もできますし
リハ室以外のところで
対象者の方自身ができることを行ってもらう
のもいいのではないでしょうか。
自主トレが組める…ということは
対象者の方の能力と障害と特性が把握できて
なおかつ、対象者のいる「場」の把握ができて
初めて設定できることでもあります。
自主トレを適切に組めるように考えることは
OT自身のトレーニングにもなると考えています。
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3月 28 2012
病院を含めた施設での生活というのは
物理的にも心理的にもスペースが限られています。
見知らぬ第三者との共同生活という「場」です。
さらにそこに職員という別の第三者も加わっています。
自分自身の「場」が担保しにくい。
物理的に「逃げ場」がない。のです。
穏やかな「場」であればまだしも
そうでないこともあります。
そのような時に没頭できるAct.があるということは
精神的な「逃げ場」、「精神的なパーソナルスペース」
を確保することにもつながります。
そのような「場」があるということが
認知症のある方の情緒安定にもつながってきます。
見た目は同じように見えるかもしれません。
たとえば
「徘徊しないように何かできることをさせる」
ということと
「その方に適切なAct.を設定した結果として集中できる」
ということとは
表面同じように見えて
提供者が考えたことと
対象者自身の内面で起こっていること
のベクトルは全く正反対なのです。
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3月 27 2012
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3月 26 2012
ある意味、非常にどうでもいいような(^^;
でも、ちょっと気になることがあるのです。
それは、お年寄りのお肌のことです。
重度の認知症のあるお年寄りの素肌が
すべすべしているのです。とっても!
私は時々触らせてもらったりするのですが(笑)
皺はたくさんあるものの
お肌すべすべ。
…負けた(笑)
施設に入っていたり
病院に入院していると
しかも重度の認知症のある方は
たいてい、お肌の手入れはそれなりです(苦笑)
洗顔クリームを丁寧に泡立て
念入りに洗い
化粧水つけて
乳液つけてパックして…
というような話は聞いたことがありません。
なのに、なんでこんなに
すべすべつやつやなのでしょう?
赤ちゃんや
若いコや
お手入れバッチリの方のお肌とは、また違う
ちょっと光り輝くような
お肌の綺麗さがあるように感じています。
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