Tag: リハビリテーション

スティーブ・ジョブズじゃないけど
ほんと、そう思う。
何を意図しているのか
曖昧なまま方法論を検討する
これって臨床では案外多いんですよね 。。。(^^;
だから、会議が堂々巡りになったりして (> <)
意図や目的の明確化、共有化をしてから方法論の検討
だと思うんだけど。。。
Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/779

人ってそういうものじゃない?
だから、友達の友達は友達…とは限らない(^^;
食事介助で食べ方が変わるのと同じように
対応で生活障害の現れ方も変わる
モチロン、ないものねだりはできないから
元通りになることはないし
暮らしの困難をゼロにはできないけれど
今よりは暮らしやすくなる
目指すのは
目の前のAさんがどうしたら
今よりも暮らしやすくなるように
再現性のある方法を
具体的現実的に伝えられることだと思う。
Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/774

セラピストがROM-Ex.をしています。
そのセラピストが言いました。
「〇〇さん、良くなりましたねぇ。
痛いって言わなくなりましたものねぇ。」
〇〇さんは言いました。
「痛いですよ。言わないだけ。」
Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/773

理解されなくても恊働できる。
もちろん、理解されたほうが恊働しやすいけれど
理解の結果に恊働があるんじゃなくて
恊働の結果に理解があるんだから
まず、現状でできる恊働をしていったらいいと思う。
恊働だって
いろいろな過程があって
どんな過程もみんな恊働じゃん?
恊働の在りようが違うだけで。
恊働を阻んでいるのは
OTが理解されないことじゃなくて
私たちが勝手に多職種連携の理想像を作って
そこから現実をマイナスで見ていることだと思う。
(余談だけど実習指導でも同じことが起きてると思ってる)
考えるべきは
私たちが恊働の役に立つように
… ということだと思う。
Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/769

前にも書いたけど
原典不明ですけど世界のあちこちで言い伝えられてる言葉
To hear is to forget
To see is to remember
To do is to understand
To find is to use
「体験したことは理解する」なんだよね。
チームで連携するにあたり
OTを理解してもらうのは
手段ではなくて結果なんだと思うよ。
Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/768

私たちがまず第一に考えるべきことは
対象者の方に対して役に立てること。
今よりも一歩役に立つことができればそれでいい。
二歩役に立てればもっといい。
三歩役に立てればさらにいい。
だけど
「一歩役に立つ」
って本当に難しいことだよね。
Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/767

視点の変換ができれば
世界が変わる
(正確に言えば世界そのものは変わらない
自分の受けとめ方が変わるだけなんだけど)
発想の転換ができれば
意図が変わる
意図が変われば
伝えてしまうことも変わる
伝えられることが変われば
受け止め方も変わる
Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/766

相手を直接的に変えようとするのは「修正」「改善」
「修正」も
「改善」も
どこかで「理想像」から「現状」を
差し引きマイナスで見ているということ。
つまり、「現状」の否定が行われている。
そのような意図で行われるものに対しては
「拒否反応」がはたらく。
けれど
相手の状況を変えるということは
現状を否定してはいないから
状況に要請されて相手の内部から「能動的変化」が起こる。
相手を直接的に変えるのではなく
結果として変わるように
相手の状況を変える。
Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/765
最近のコメント