Tag: リハビリテーション

チームワーク:できることでフォローする

素朴な疑問として…
プロ野球の選手で
頼まれてもいないのに
おまえが下手だから試合に勝てない
俺がおまえを鍛えてやる
…なんて言う人がいるだろうか?

チームが勝つために
自分ができることをしようとするのではないだろうか。

もし、自分がピッチャーで
打者が不振だったら…
その分も自分のピッチングでカバーするぞ

もし、自分がバッターで
投手が不調だったら…
自分のバッティングでカバーするぞ
エラーは絶対しないぞ

それがチームなんじゃないだろうか?

Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/520

ゲームは慎重に…

認知症のある方に対して
レクの一環としてゲームをやるでしょう?

認知症のある方にしてみたら
本当に難しいことです。

ワーキングメモリが低下しているから
手続き記憶でないことを覚えることが困難です。

ゲームにはルールが存在する。

説明されたルールを理解し
ルールを覚え続けていて
ルールから逸脱しないように実践する。

この過程が可能であって初めてゲームを楽しむことができる。

にぎやかで楽しいはずのゲームの直後に
かえって混乱してしまう方は決して少なくありません。

私たちがたった○○するだけ
…と思っていることが
Aさんにとっては難しい。

そういうことを「評価を通して」共感できる
ということが大切なんだと考えています。

Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/529

日々、発見

私は臨床が大好き。
苦しいし、辛いし、哀しくなるし
でも、同じくらいおもしろい。

日々、発見。

認知症のある方自身のことも
OTとしての取り組み方も

例えて言うなら
タマネギの皮を一枚一枚とむいていく感じ?

別の言い方をするなら
自分の知識と考えをだんだん大きく包含していく感じ?

認知症のある方が
日々の暮らしの困難を自らの能力と特性で乗り越えていく

その体験は
私にとって大きな支えです。

Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/523

「認知症が進行しないように」

「認知症が進行しないように
この作業をやってください(やらせてください)」

こういう言葉を聞いたことのある人も多いと思います(^^;

でも、認知症のある方に(ご家族に)対して
そう言うことのデメリットを
どれだけ考えているのかなぁと思ったりします。

認知症のある方は
自分にとってプラスと感じたAct.には
休憩していただくのも困難なくらい集中されることが多いものです。

「やれ」と『言う』んじゃなくて
『やらせる』のでもなくて
「やる」ものを『選択する』ことができるのがOT !

Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/509

自分1人が頑張っても…?

「自分1人が頑張っても… 」

時には、そう思うことだってあるよね。

でも、それは違う。
絶対、違う。

たった、1人でも
支え、励まし、応援してくれる人がいる
その1人がいるのといないのとでは
全然違う状況なんだもの。

たった1人でも
重度の認知症のある方でも変わることができる。
それは、その方が
それだけの「チカラ」を持ってるってことなんだよね。

その1人になれるだけの
知識と技術を持ちたいと思う。
さらに磨いていきたいと強く思う。

Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/503

HCR2012

今年のHCRは、ちょっと早いです。

国際福祉機器展
http://www.hcr.or.jp/exhibition/index.html

9月26日(水)~9月28日(金)
場所はおなじみ、東京ビッグサイト

今年もカート持参で出かけます(^^)

Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/477

出発点

私にとって不思議なことがあります。

それは、
声の大きな人
知名度のある人
大勢の人が言っていること
が判断基準になっていること

言っていることの中身ではなく

無名の人でもいいこと言う人はいっぱいいるし(^^)
有名な人でも「あーあ」って思う人だっているし(^^;
もちろん、無名でくだらないこと言う人も
高名で尊敬できる人もいるけど

発言の中身で判断する

誰が言っているか
ではなくて
何を言っているか

少なくとも
私自身にとっての出発点。

Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/397

Re-Habilis

学生の時に誰でも1度は耳にしたことのある言葉だと思います。

Re-Habilis

ふたたびー適した状態になること

それが、リハビリテーションの語源であると。

 

認知症のある方は

残念ですが、疾患の定義上、 モトには戻れない

年老いていく、ということは若い時には戻れない

 

たとえ若くて活気あふれる頃には戻れなかったとしても

認知症になったとしても

ふたたびー適する

生き方、暮らし方を再発見再構築する

 

それは、やっぱり、

「再」発見「再」構築であって

そのヒントは目の前のお年寄りの在りようにこそある

と確信しています。

 

認知症のある方への

リハビリテーションとして

作業療法として

提供するコトやモノが

「Re-Habilis」 の思想にのっとっているのかどうか

問い返しながら実践するということは

自分が1人の人間として生きていく日々の暮らしの中で

自分自身を再発見再構築していく過程を

否応もなく、問い返し揺さぶり

そして、励まし支えてくれる過程でもあるということに

あらためて気がつきました。

Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/314