課題集団の扱いは要注意

実際の臨床の現場では

課題集団が圧倒的に多いように感じています。

みんなで体操をしたり

みんなでちぎり絵をしたり

 

課題集団の良いところは

構成メンバーが課題集団への参画を理解できていると

集団凝集性が高まり

共通する目的達成のために協力しあう…という

社会の良い面を活かすこともできます。

 

逆に、

案外、自覚されていないままに使われているように感じていますが

構成メンバーが課題集団への参画を

理解できていないままに実施すると

共通する目的達成を優先するために

個々の能力と特性よりも求められている行為に従う

…という面が色濃く出てきてしまいます。

 

段階付けとして、工程ごとに役割分担としておこなう

…という方法も多いようですが

基本的にはこれも同じだと感じています。

表面的には、役割分担として「できた」部分があったにしても

実際には、ご本人はしんどい思いをされていたりもします。

何故なら、周囲に合わせる…ということはさんざんしてこられたから

そして、自分自身のためではなくて

誰かのため、何かのために

努力してもできていたことができなくなってくる

喪失体験の渦中に今も尚生き続けているからです。

 

認知症のある方で

課題集団参画への理解が可能な方もいらっしゃるでしょうけれど

そうでない方にとっては

良かれと思っての提供が結果的にであったとしても

ご本人に辛い思いをさせてしまうことにもなりかねません。

 

課題集団として○○というAct.での場面での言動を評価する時には

提供したAct. という表面的な場面だけでなく

課題集団としての枠組みそのものが規定している「場」というものを

振り返ってみることも重要だと感じています。 

Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/346