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言語操作能力をみる

言語操作能力をみる私は、障害をきちんと把握できなければ能力も把握することができないと考えています。
認知症のある方の記憶の連続性をはじめ中核症状やBPSDについて、その程度とパターンを把握することはとても大切なことだと考えています。
ところが、案外、臨床で確認されていないのが言語操作能力なんです。

「援助の言葉、意思表示の言葉」

でも触れていますが
どんな風に伝えたら理解しやすいのか
どんな風に言語表現するのか
…という部分の把握があんまり為されてはいないように感じています。

「声かけが大事」という言葉に異論のある方はいないと思います。
でも、「声かけに気をつけましょう」「そうですね。気をつけましょう」
といった総論抽象論になってしまうと
声かけがなぜ大事なのか
声をかける時に、私たちが具体的にどう言ってどう行動することが
気をつけるという行為になるのか
という私たち自身の行動変容につながりにくいものです。
意図的な行為ができなければ、その行為についての振り返りもできない。
声かけが目の前のAさんに適切だったかどうかの判断をできない
ということになってしまいます。

認知症のある方は
脳の生理学的形態学的変化に基づく病気を抱えているのですから
言語操作能力を司る部位が萎縮したり機能不全に陥っていれば
当然、言語理解力や言語表現力も影響を受けます。

よくあるパターンとしては
「大便、どこ?」
と聞かれたりします。

字面だけ見ると、とてもおかしな表現です。
でも、「大便を排泄したいからトイレがどこかを探している」
ということが言いたいのだとすぐわかりますよね。
あまりに日常的によくあるパターンなので
違和感を抱くこともないかもしれませんが…。

関係性においてディスコミュニケーションの影響がないが故に
対象者自身の言語表現力が低下していることを
障害として認識しにくいのかもしれません。

それでも、このような方は
他の場面でも似たような表現をされているわけです。

もっと抽象的な考えを伝える必要性のある場面において困難が生じている
それなのに、障害を把握することなく「普通に」会話をしてしまって
対象者は「なんでわかってくれない!」
職員は「易怒的」「被害妄想」「執拗な訴え」
双方、混乱して悪循環…というようなケースが実は相当あるんじゃないかしら?
と感じています。

どのような伝え方をしたら
Aさんが理解しやすいのか
Aさんはどのようなパターンで表現することが多いのか

SDATアルツハイマー型認知症の方でも
記憶の連続性だけではなくて
言語理解力、言語表現力の程度と特性を把握しておくことが
重要だと感じています。

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言葉に頼りすぎない

イメージ_朝顔認知症のある方にトランスファーを促そうとしたある職員。
「右手で向こう側の肘かけをつかんでそれから腰を上げてゆっくり体を回転させてから椅子に座りましょう」
…認知症のある方はにこにこして座っているだけです。

この職員は、「わかりやすい説明=丁寧に言葉を使って説明すること」と考えたのだと思います。

ところが、認知症のある方は、言語理解力や言語表現力が低下してしまうことがよくあるのです。
ですので、懇切丁寧な言葉での説明は、かえって理解されにくいのです。
それでは、いったいどうしたらいいのか…というと
認知症のある方は、視覚的理解力はある程度保たれていることが多いので、そこを活用すればいいのです。

先の方の場合には
「Bさん、こっち」と言いながら、トランスファー先の椅子の座面を手でポンポンと叩き示したところ、すっと立ち上がって椅子に移ることができたのです。

認知症のある方に接する場合には
その方の言語理解力や言語表現力、視覚的理解力について
適切に把握しておくことが望まれます。
その方の障害を補い、能力を活用する…そのことを念頭において説明をすればいいのだと思います。

「説明してもわかってもらえない」
という声を聞くことも多々ありますが
言葉だけで説明しようとするから悪循環に陥ってしまうのではないでしょうか。

どのように伝えたら、相手が理解しやすいのか
どのように対応したら、相手が目的とする行為をともに行えるのか
…を考えることが大切。
そのためには、まず、認知症のある方の能力と障害をきちんと把握しておくことが必要だと考えています。

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