結果としてできるように:「前を向いて」?

身体に必要なことを
身体は常に行なっている。

必然があってしていることに対して
表面的に修正させようとして「言う」ことは
必然のある身体の対応を否定することになってしまいます。

下を向いて歩いているお年寄りのリハ場面で
「前を向いて」
「顔を上げて」
と「言う」。。。

でも
いくら「言って」も「直らない」
まさしく、文字通りに。

必然性のある身体の働きを否定されることは
身体にとって不利益になるから。
身体は身体を総体として守っている。

必然があって下を向いて歩いているのだから
下を向いている必然性のある身体の働きを観察・洞察・評価して
下を向くよりも前を向く方がより良い働きの反映になるように
身体の働きをトレーニング「できる」ようになることを考えるのがプロなんじゃないかな?

その時にすべきことは
「何回も言ってるでしょう?」と「言う」ことではなくて
言わなくても対象者の身体が「できるようにする」ことだよね。

身体が身体を守らなくても済むようになれば
総体としての働きがカタチになって現れる。

ここでも
食事介助と全く同じ問題が違うカタチで現れています。

「ちゃんと食べてね」
「口を開けて」
と「言う」のではなくて「できるようにする」

必然があって「ちゃんと食べない」「口を開けない」
その必然を観察・洞察・評価しなくては。

下を向いて歩いている必然性を観察・洞察・評価しなくては。

ちなみに
下を向いて歩いている方は
たいていの場合に、非麻痺側や骨折していない側の足の
遊脚期に足関節の背屈が起こらない「ベタ足歩き」になっていることが多いです。

「歩く時には良い方の足の動きに気をつける」

↑ の記事に書いていますが
いわゆる「問題のない」「良い」足のベタ足歩きがなくなってくると
結果として前を向いて歩けるようになってくる方がとても多かったです。

  

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