ADL介助はコミュニケーション

ADL介助はコミュニケーション

結果として起こっている
できる、できないを見て
できないところを介助してそれで終わってしまうのは
本当にもったいない。

ADL
食事にせよ、更衣にせよ、排泄にせよ
認知症のある方は、必ず環境を感受し、その方なりに認識し、関与しようとしている。
一見、不合理であったとしても。

その一連の過程を
私たちが把握することが叶えば
表面に見えなくなっていただけの、能力を観ることにつながる。

能力を把握できれば
私たちの介助も自然と変わる。

「親切に」「優しく」「怒らずに」
というスローガンを唱えずとも
認知症のある方の現状を把握できた結果として
自然と「親切に」「優しく」なり、「怒らない」ようになる。

コミュニケーションだから
双方向に影響をしあう。

たとえ
今すぐに認知症のある方の能力を観ることが出来ないにしても
観ようとしている意思があるということが大切。

コミュニケーションだから
その意思は伝わっている。

コミュニケーションが始まっている。

  

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