これから

切実に困っているからこそ
口ではどうこう言ってはいても、
結局のところハウツーやその場しのぎが求められてしまうのだろうと思う。
気持ちとしてはわかるけれど
それは逆効果にしかならないんですよね。。。

認知症のある方にとっても
ケアする対人援助職自身にとっても

本当に
「認知症のある方ひとりひとりに寄り添ったケア」を実践したいと願うならば
まず必要なことは
知識の習得と現実に起こっている事象の観察と洞察

つまり
「目の前にいる方に何が起こっているのかを知る」ということです。
「目の前で起こったことをどうしたらなくせるか」ではなくて。

技術と理論はその次に要請されるものだし
ハウツーやその場をしのぐことは、
まったく別の次元として現実的な要請から為されているものです。
なのに、ごっちゃにしてモノ言う人が大勢いる。

問題はごっちゃにしていても、今、すぐに
そのマイナスがマイナスとして目立ちにくいことにあると感じています。
だから論理的整合性のなさがわかりにくい。
目立たないからといって、ないわけじゃないのですが。。。

そういうことがわからない人はヤマほどいる。

感情記憶は残るから、陰性感情、信頼感の低下として蓄積していかないはずがない。

食事介助のスプーン操作において
不適切な操作をしたって、今すぐその場には、生命に直結するような問題が現れるわけじゃない。
でも、確実に誤介助誤学習としてのマイナスが積み重なっていく。

同じことが違うカタチで現れているだけ。

声高に叫ばれる理念と乖離する実践との狭間で
苦しんでいる対人援助職の人は少なくないだろうと思う。

私は理念を語るのではなく、実践を通して具現化できるようになりたい。
そして困っている実践者の役に立つように
ひいては認知症のある方とご家族の余分な困難を少しでも少なくできるように
抽象化・一般化・言語化できるようになりたい。 

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