Tag: 対応

痛みがある方の動作介助

案外、知られていないようなので書いておきます。

腰痛などからの回復過程で
少し動けるようになったけど、まだ痛い。。。という方の動作介助

そんな時には
身体の重さを支えて動作そのものは、ご本人にやっていただきます。
例えば
端座位〜仰臥位への姿勢変換時は
体幹の回旋動作も含まれるし、自身の重さを支えながら動かなくてはいけないので
結構痛みが生じる場面でもあります。

職員は対象者の方の背中に手を回して身体の重さを支えます。
ご自身で足を動かせるようなら
ご自身のペースで足を動かしてもらいますし
足を動かすと痛みが増すようなら
足の下に手を入れて足の重さを支えるようにしながらも
足の動きはご自身で動かすようにしてもらうと
最小限の痛みで動作ができるようになります。

ここでよくある誤解が
痛いんだからと全介助をしがちなことです。
身体の重さも動きも職員が介助してしまうと
痛みの生じる瞬間や回避する肢位の調整ができないために
かえって痛くなってしまうことがあります。

腰痛発症からの回復が長引いている時など
「ご本人の気持ちのせい」といった決めつけをするのではなく
職員側の知らないが故の不適切な動作介助によって
痛みを長引かせている可能性について検討し改善して欲しいものです。

 

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「カットアウトテーブルに肘を固定する」食環境のデメリット

私は知らなかったのですが
食環境の調整の一つとして
カットアウトテーブルに肘を固定して自力摂取を促す
という対応が多用されているそうです。

私の経験では上記のような食環境を設定されていた場合でも
他の食環境の設定で自力摂取を無理なく行えるようになったケースばかりですから
まず、他の食環境の設定をお勧めします。

どうしても上記の方法を用いたいのであれば
「慎重に人を選んだ方が良い」
「他の方法でどうしても困難な時に適用した方が良い」
「適用した場合には、骨盤周囲筋の過緊張をチェックした方が良い」
というのが私の意見です。

自分で試しにやってみたら、わかると思うのですが
1)肘を固定すると口元までのリーチが困難 → 体幹を前傾させる代償が必発
2)食塊を取り込む時に前腕の回外と手関節の尺側偏位が要求 → 末梢の過剰操作 → 中枢の同時収縮
というふうに
カットアウトテーブルで肘を固定させる、なおかつ、食事自力摂取できるためには
上記の前提が必要となり
ところが現実には、上記の前提をクリアできる人は少ないために
上述したような代償を引き起こしてしまいます。
そして、上述したような代償の結果
体幹を前傾して胃部を圧迫していますから食欲がなくなってしまった方が
食環境を変更して摂取量が増えたというケースを経験しています。

認知症のある方へのリハやケアでは
きちんと評価・アセスメント・状態把握をする前に
ハウツーを当てはめて
しかもPDCAを回していないために
自身の対応のまずさを自覚も修正もできないというケースが散見されます。

もうひとつ、問題があります。
カットアウトテーブルは車椅子に固定して使いますから
対象者の方が動きたいと思った時に自分では動くことができない状況を作ってしまいます。
身体拘束と判断されかねない環境設定だと思います。
他の食環境設定の可能性が多いので、まずそちらを取り入れた方が良いと考えます。

 

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評価を踏まえた対応:身体リハの場面

もともと認知症がある方が
骨折などで入院し身体的なリハを受けることになる
というのも現場あるあるです。

近時記憶障害があれば
骨折し入院し手術したことも忘れてしまうことも起こります。
座ってじっとしていれば痛くなくても
リハで立ち上がった時に痛みを感じるということはよくあります。
ここで、骨折し入院し手術をしたことを忘れていれば
「立つと痛い→立つから痛い→立ちたくない」
という判断をしても不思議はありません。

リハスタッフは多くの場合
MMSEやHDS-Rを施行し「近時記憶障害あり」と判断しています。
ですが、検査は検査で終わってしまい
検査結果を対応に活かすことは何故かあまりされていないのではありませんか?

私は立ち上がりの練習をする前に必ず声をかけます。
「〇〇さん、今から立つ練習をします。
 立つ時に足が痛くなるかもしれませんが
 骨折して手術したからです。
 だんだん痛みも軽くなりますから
 心配せずに立つ練習をしましょう。」

そして、この声かけの頻度も認知症のある方の近時記憶の状態に応じて変えています。
HDS-R18/30点くらいの方であればリハ開始時に一度声をかける程度で大丈夫なことも多いけれど
HDS-Rが3/30点の方には、立ち上がるたびに同じ説明を繰り返すようにしています。

実際、3/30点の方でも
身体的なリハを提供し改善し
すべき声かけと回避すべき場面を明確化し情報提供した上で
もっとリハの充実した老健へ移行することができました。

ところが
現場では「HDS-Rが3/30点」と認識していても
実際のリハの現場で事前に痛みが生じる恐れについて声をかけておく人は少ないものです。
そして、その結果、立ち上がり時の痛みと痛みが喚起する不安について認識できず
「立ち上がりを嫌がる」「リハ拒否」「認知症のためにリハ実施困難」
とレッテルを貼っているのではありませんか?

認知症のある方の身体リハがうまく進められない。。。という理由の1つに
私たちの側の問題もあるのではないでしょうか。

私たちは評論家ではなくて援助職です。
認知症のある方の困難を減らすような関与ができるからプロなのです。
HDS-Rが18/30点であれば、どのような支障が生じるか予測できる
HDS-Rが3/30点であれば、どのような支障が生じるか予測できる
近時記憶障害の程度に応じて
イマ・ココでどのような関与をすべきか判断できる。

検査結果を評価に活かす
評価を根拠とした対応の工夫ができる

ほんのちょっとした工夫のように見えるかもしれませんが
認知症のある方がどのように環境を感受・認識しているのかを
意識化することができているかどうか
この違いはとても大きな違いです。

 

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食べられる口をつくる

講演終了後の質問で
「口を開けてくれない人がいるんですけどどうしたら良いですか?」
という質問を受けることがよくあります。

どう、口を開けてくれないのかよくわからないので
状態を確認していくとどうも覚醒不良によるもののようで
「覚醒が悪いんじゃないんですか?」と尋ね返すと
「いいえ、口を開けてくれないんです」と言われました。
そこで今度は私の方から
「お食事の時に目を閉じていませんか?」
「声をかけ肩を叩いても目を閉じたままではありませんか?」
と尋ね返すと「そうなんです」と言います。
「それを覚醒不良と言います」とお伝えしたことがあります。

覚醒不良の時に口を開けられるはずがありません。
覚醒不良の時には食事を食べさせてはいけません。

現場では、こんな風に
「食べさせること」を念頭に置いて
「どうやったら食べさせられるか」を考える人たちがいまだにたくさんいます。

数メートルのごく短距離の歩行後に息切れがひどい方に対して
「CMのプランに歩行練習って書いてあったから歩かせないといけない」
と言われたこともあります。
えぇっ?CMはそんなこと言いませんよ〜。
むしろ歩行練習をしてみた結果の状態を報告してくれって言っています。
歩行練習が目的ではなくて〇〇を達成するための手段としての歩行練習なのだから
代替提案をすれば良いだけの話です。

それと同じように
覚醒不良で食べることができない状態でもやるべきことは多々あります。

まず、なぜ覚醒不良に至ってしまったのか
どうしたら、覚醒できる状態を作れるのか
本質的な改善策を考えると同時に
覚醒不良の状態でもできる口腔ケアを行います。

食べられる口を作る、維持することによって
いざ、覚醒できた時にすぐに食べられるように備えておく
のです。

食べられない状態の方の
口腔内に何の問題もないということは稀です。
痰の付着、口腔内乾燥、汚染された唾液。。。
必ず何らかの問題があって口腔ケアを必要としています。

食べられる口を作る

口腔ケアは単に口の中をきれいにするという守りではなくて
食べられる口を作るという攻めのケアでもあります。

 

 

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開けられないのは口唇?歯?

口腔ケアの時に
拒否を誘発するような介入をしていなくても
「口を開けない」というケースもあります。

そのような時には
口唇を開けられないのか
歯を開けられないのか
をまずきちんと確認します。

口唇を開けられない時には
口唇中央に軽く指先を押し当て
「唇の力が緩みます」と声をかけながら
小さく円を描くようにします。
するとだんだん口唇中央が緩みますから
緩んだところに歯ブラシを当てて
見える範囲でブラッシングを行います。
さらに緩んでくるので緩む範囲を確認しながら
緩んだ範囲でブラッシングをしていきます。
奥歯の上面をブラッシングできれば奥歯の裏側もブラッシングできます。
ここまでくれば、前歯の裏側もブラッシングできるようになります。
大切なことは、相手の口唇の緩み具合を確認して緩み具合に合わせてブラッシングを進めることです。

歯を開けられない方も同様で
まずは見える範囲でブラッシングを行います。
するとだんだんと奥歯へブラッシングを進められるようになりますから
奥歯の上面をブラッシングできるようになるまでは
焦らずにゆっくりとブラッシングを進めます。
奥歯の上面がブラッシングできればしっかり開講できているのでもう大丈夫です。

いきなり歯ブラシを口の中に突っ込むのではなく
できる範囲で行いながら、できる範囲を広げていきます。
その過程において相手とブラッシングを通したノンバーバルコミュにケーションを行うのです。

歯ブラシで磨くことに相手を合わせることを考えるのではなくて
相手の受け入れ状態を感受しながら歯ブラシでブラッシングを行い
ブラッシングを行うことで「何をしているのか」「どうして欲しいのか」を伝えます。

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口腔ケアを拒否するには必然がある

口腔ケアを拒否するには拒否するだけの必然があります。

ひとつには
ケアを始める前に
必ずアイコンタクトをして、口腔ケアの説明を行います。
この時に、対象者の方が
視覚情報の方が認識しやすいのか
聴覚情報の方が認識しやすいのか
体験を通した方が認識しやすいのか
を確認した上で、認識しやすい情報を提供することが大事です。

現場あるあるなのは
「〇〇さん、歯磨きをしますよ=」と声はかけていますが
・相手とアイコンタクトをしない
・声かけが終わらないうちに歯ブラシを口の中に突っ込んでいる
という介入方法です。
これでは認知症があってもなくても嫌な気持ち、びっくりされて拒否されて当然です。
拒否を誘発するような介入をしていないということが絶対の前提条件ですが
現場では善意のもとに無自覚に拒否を誘発するような介入が為されていることが多いものです。。。

拒否を誘発するような介入はしない
その上で初めて「じゃあどうしたら良いのか?」という問いが成り立ちます。

まず、対象者の名前を呼びアイコンタクトを取ります。
その上で視覚情報の方が認識しやすい方には、
「歯ブラシを見せる→歯ブラシを左右に動かす」
というジェスチャーで歯磨きをすることを伝えます。
聴覚情報の方が認識しやすい方には
その方の言語理解力に合わせて声かけをします。
「歯磨きをしましょう」
「歯磨き」
「口の中をきれいにしましょう」
「あー」などなど。
体験を通して認識する方の場合には
無理せずに今ブラッシングできる範囲を優しくブラッシングしながら「歯磨き」と声をかけます。
そうするとたいてい、だんだんとブラッシングできる範囲が広がってくるものです。

こう言うと、必ず言われるのが
「わかっちゃいるけど時間がない」
という言葉です。

忙しいのはわかります。
でも忙しいからこそ、ちゃんと対応すべきなんです。
アイコンタクトの1秒、歯ブラシ提示の1秒、ジェスチャーの1秒の合計3秒で
拒否なく応じてもらえるなら3秒の時間を作りましょう。
だって拒否が生じたら3秒以上の時間がかかりますよ。
その上、対象者の方も職員もどちらにとっても嫌な気持ちが生じます。
そんなネガティブな体験をして、さらに時間がかかるなら3秒の手間をかけたほうが
よっぽど良くないですか?

拒否するには拒否するだけの必然があります。
その必然の多くは、「何をされるかわからない」というものです。
職員にとっては自明の口腔ケアでも
近時記憶が低下し、言語理解力や状況推測力が低下している認知症のある方にとっては
自明ではない介入をされるのだということを踏まえて
「これから何をされるのか」ということを相手の能力に合わせて伝える
ということが重要です。

そうしてもなおかつ、拒否されて「口を開けてくれない」場合には
口を開けたくても開けられない必然があります。
それは次の記事で。

でもその前に、
「口を開けてくれない」「口腔ケアに協力してくれない」という事象を引き起こしているのは
圧倒的に職員側の問題であることを自覚しましょう。

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食事でむせた時の対応

食事場面でむせた時に的確に対応できる人はまだまだ少ないのが実情です。
むせた時に、背中を叩いたりさすったりしたり食事を中止してはいけません。
むせた時には、まず何が起こっているのかを確認し状態に応じて対処します。

確認すべきは気道の狭窄の程度です。

そもそも、むせとは何か
誤嚥した時に気道に入ってしまった異物を
声帯が激しく内外転し呼気のパワーで喀出しようとする作用のことです。
つまり、誤嚥がなければむせも起きませんが
むせは異物喀出作用なので強く激しいむせは異物喀出作用の高さを示しています。
大きなむせに遭遇すると驚いてしまうかもしれませんが良いことなのです。
いまだに、強く激しくむせている方に「その人の食事は中止して!」と指示するような人もいますが
大きな間違いです。
呼気の介助をしてしっかりとむせ切っていただき
声の声明さを確認できれば普通通りに食事していただいて良いのです。

むせられるということは気道の狭窄が部分的である、空気の通り道があるということを意味します。
だから呼気の介助が有効なのです。

ところが、チョークサインなど窒息、気道の完全閉塞が起きてしまった場合には
呼気の介助は無効です。
空気の通り道が完全に遮断されているからです。
気道が完全狭窄している場合に確認すべきは意識の有無です。
意識があれば背部叩打法やハイムリック法で異物の喀出を試みます。
意識がなければすぐに胸骨圧迫を試みながらAEDの用意をし
施設であれば緊急コールと救急車手配をします。

むせへの対応ではありませんが
関連して少し窒息時の対応について記載していきます。

先日、救命講習を受けた時に教えてもらった時に
「あぁここは盲点だな」と思ったことがあって
それはベッドの上で胸骨圧迫をすることです。
確かに人によっては柔らかいマットレスを使用していることもあって
それだとせっかく胸骨圧迫をしてもマットレスが沈み込んでしまって圧迫になっていない
ということが起こってしまう。
だから硬い床面に寝かせて行うようにと指導を受けました。
確かに確かに。。。

時々、見聞きするのが
窒息した時に吸引による異物除去に時間をかけるケースです。
吸引で異物を除去できるケースもあるとは思いますが
吸引チューブの直径は小さいので異物を除去できずにかえって気道の奥に押し込んでしまうことも起こりますし、何より意識消失しているということは脳に酸素が行き渡っていないことを示すので一刻を争う事態です。
胸骨圧迫を行うことで酸素を脳に供給することの方が優先です。
大抵の施設にはAEDが設置されていると思いますので
AEDを使って救急隊の到着まで胸骨圧迫を交代しながら続けるようにと指導されました。

胸骨圧迫は、どの程度の速さや強さで押すのかとか押し方は実際に練習してみないとわかりません。
「普通救命講習」については、消防署で開催している講習会を個人で受けることもできますし
施設に出向いての講習会もしてくれますから施設に提案してみるのも良いでしょう。

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帰宅要求への対応:問いを問い直す

帰宅要求をする方に対しても
「どうしたら帰宅要求がなくなるか」という視点に立って
対応がなされがちです。
曰く、
「高齢女性だったらタオルたたみをしてもらう」
「お茶を飲んでもらう」
「気持ちをそらす」。。。

かつての私は積極的にそのような対応をしていたわけではありませんが
傾聴するとしても
「その方が帰りたい」という気持ちはわかっても現実に帰れるはずがない時に
どこに終着点を持っていったら良いのかわからず
傾聴することの意義がわからず
認知症のある方の帰宅要求も収まらなかったり
収まったら収まったとしてもこちらの独善や押し付けのような気がして
ずっと悶々とした気持ちを抱えていました。

東京都立松沢病院の名誉院長の齋藤 正彦医師は
「微笑みながら徘徊する人や帰宅要求をする人はいない」
と言っていました。

そうなんです!
必死になって訴えている方のお気持ちを無碍にするような対応への違和感が拭えず
かといって、どうしたら良いのかわからなかった。。。
 
 帰宅要求を訴える方の再認の可否について確認し対応します
 具体的な対応の指針と実践例については 新著に記載してありますので

 よろしかったらご参照ください。

帰宅要求を収めることをゴールとして対応の工夫を考えるのではなく
帰宅要求をしている方がイマ・ココで何を心配しているのか
その心配に反映されている障害と能力と特性を把握し
常に感受・判断を繰り返しながら対応していくことが求められています。

多くの場合
この、障害と能力と特性の把握、感受と判断の繰り返しといった過程が困難だから
結果として起こることを目的化してしまうのだと思います。

帰宅要求への対応が難しいのではなく
目の前にいる方の障害と能力と特性の把握が難しいのです。

ここには
認知症のある方を対象とした現場あるあるがいくつも反映されています。
・結果として起こることの目的化
・手段と目的の混同
・自身の困難を認知症のある方へ投影してしまう
・観察を主とした状態把握をすっ飛ばして、ハウツーを当てはめる
・当てはめたハウツーの適否を確認しない

だとしたら
そのような臨床思考を脱却すれば良いだけです。
指針と実践はお示ししています。
ただし、「結果を出せる」ようになるためには反復練習、トレーニングが必須です。
その過程において、幾度も自身の未熟に直面させられることになります。
ここで安易な道に走ってはいけません。
今までやってこなかった考え方、在り方、方法論を行おうとするのですから
すぐにできなくて当たり前です。
同じコトを違うカタチで実践するに際し、最初は新しい方法論でできていても
ふと気がつくと以前の方法論に戻っていることに気がついて愕然とすることに何度も遭遇すると思います。
習得するまでには、できたりできなかったりを繰り返しようやく習得に至ります。
そんなの当たり前です。
リハビリテーションの対象者は皆さんこの過程を通っています。
リハビリテーション提供者がこの過程を自身の辛さのために回避するのはおかしなことです。

これをすれば誰でもいつでもどこでも帰宅要求が一発でなくなる
なんて方法があるわけがありません。
仮にあったとしても、そんな方法は恐ろしいだけです。
でも、現場では自覚なく求めている人が圧倒的に多いのです。。。

個別性のある対応
その人らしさを大切にする
理念としては誰もがそう語りますが、実践はその真逆となっているのではないでしょうか?
理念は語るものではなくて実践するものです。

問いを問い直す

切実に問われていると感じています。

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