言語化と非言語の場

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昨今の作業療法の潮流として
気になる傾向がひとつ。

SDMは忘れてはならない視点だと思ってる。

でも
言語化できない方への対応をどうするのだろう?

そもそも
人は誰でも言語化できるコトだけで暮らしてるわけじゃない。

言語化=自明の世界と同じくらい
暗黙の身体知の世界が広がってる。

「言語」ではない「作業」だからこそ
可能な「場」をそのままに
活用することが可能だからこそ
「作業」のメリットもあるのでは?

河合隼雄の扱っていた「箱庭」の意義も
言語ではできないこと
言語にしなくてもよいこと
言語にしないほうがよいこと
それらを「表現」「体験」することにあったのでは? 

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