Tag: 言葉

言葉の取り扱い

ちょっと待った

「アルツだから」

先日、こんな言葉を聞いてびっくりしました。
いわゆるギョーカイ用語のつもりなのでしょうか?

他にもよく聞くのが
「認知だから」
「認知の人」
「認知のある方」

その流れで「アルツ」なんだとは思いますが。

少なくとも
私の周囲でそんな言葉を使う人で
行動観察がしっかりしていて
知識もきちんともっていて
論理的に考えるような人には出会った試しがない。

当たり前だと思いますが (^^;
だって言葉は概念を表すものだもの。

言葉の取り扱いに気をつけるということは
概念の取り扱いにも気をつけているということだもの。

とりわけ
リハスタッフは
末梢からの情報入力に関与することによって
中枢の回路を組み替えるという仕事をしているわけだから
リハスタッフが一番言葉の取り扱いに鋭敏にならざるを得ないと思うのですが。

Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/2926

冠言葉にしない

我慢のしどころ

Aさんが〇〇というBPSDをする
。。。ではなくて
〇〇というBPSDのAさん
という視点で見てしまいがちです。

そうすると
Aさんが〇〇というBPSDをしていない時もあるのに
そのことを見過ごしてしまいがちになってしまう。

冠言葉を発したことによって
私たちの見方や判断が影響されてしまう。

そういうことって
よくあるように感じています。

Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/1365

「あらまっちゃん!」

IMG_0517

ときどき、お年寄りから思わぬ言葉を教えてもらっています。

今回は
「あらまっちゃん、でべそでべその宙返り」

みんなでお話している時に
私が「あらまぁ」って言ったら
「あらまっちゃん、でべそでべその宙返り」
って、すかさずツッコミが!

昔、驚いた時によくそう言ってたのだそうです。

「ありが10なら芋虫ハタチ蛇は25で嫁に行く」とか
(これも前に書いたような気がする。。。)

他にもきっとあるような気がする。。。(^^)

Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/1359

「認知症のある方」という言葉

IMG_0945

ある人に、自分が「認知症のある方」という言葉を使っている
ということを伝えてから、ふと気がついた。

あれ?私、もしかして、ここではこのことに触れていなかったっけ?

「認知症高齢者」「認知症者」という言葉が
ギョーカイでも巷でもよく使われているかと思いますが
英語で何というか、ご存知ですか?
「Person with Dementia」「People who have Dementia」
なのだそうです。

初めて知った時には衝撃でした。
日本では「病気のある人」という表現なのに
英語では「人+病気」という表現になっている。。。

以来、私は「認知症のある方」という表現をしています。
こなれない日本語だなぁ。。。と思いつつも (^^;

Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/1324

声かけの工夫 距離(ココロの巻)



昨日の記事の続き。
そのココロは…のココロの巻です (^^)

遠くから指し示した椅子に座れる
…ということは
たくさんのモノの中から
椅子に注意を焦点化することができ
それを覚えていられて
なおかつ、椅子にたどり着いた時に
「座る」という動作を遂行することができる
…という能力があることを表しています。

目的地まで歩く+座る
という同時並行課題ができる
目的地を明確化できる
目的地を忘れずに覚えていられる
…ということです。

目的地の椅子のところまでお連れして
その場で「座る」こと「だけ」を 説明する。
そうすればできる方も大勢いらっしゃいます。

物理的距離の遠近によって
必要とされる能力も異なってくる。

ご本人の能力は必ず任意の環境下で発揮されるものなのですから、環境とペアで語られるべき性質のものです。
そこにこそ、私たちの介入・対応の工夫の余地がある。
ところが、現実には、この部分が あまりにも自覚されていないように感じられてなりません。

「対応の工夫」というモノが
いろいろなところでいろいろに囁かれていますが
結局のところ、『ご本人の能力』と 『対応の工夫』とは、一対のものであって切り離しては語れない。

まず、評価があって、初めて工夫を語ることができるのだと感じています。

Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/589

声かけの工夫 距離



指差しながら
「あそこの赤い椅子に座ってください」
で、赤い椅子に座ることができる方もいるけれど

赤い椅子のところまできて
「ここに座りましょう」と手で指し示して
ようやく座れる方もいる。

距離…って大事。

そのココロは…明日!

Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/588

言葉にとらわれない



言葉に頼りすぎて
言葉にとらわれすぎて

本来
言葉をのせている、あるいは、言葉が伝えるはずのモノを
見失ってしまうのは哀しい。

言葉に頼りすぎず
言葉にとらわれすぎないで
受けとめられるように
伝えることができるように

Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/584

リンゴがあるよ



There is an apple.

There are few apples.

英語では、見たままを言葉にする。

でも、日本語なら
「リンゴがあるよ」
だけで個数には通常触れないと思う。

逆に言うと
省略することに慣れているという面もあると思うけど。

個数に特別の意味があるのでなければ。
(たとえば、子どもの友達が3人遊びにきていて、リンゴが4つあるから皆で1人1個ずつ食べな…ということを暗に伝えるとか)

リンゴがあるよ…って言われたほうは
パッと振り向いて、個数などを
それこそ、パッと目で見てとる。

日々の暮らしの中で
使い続けている機能はダテじゃない
自明の文化の中にあって
個人が活用してきたはたらきは
たとえ認知症になったとしても残っている。
自覚されにくいだけで。

Permanent link to this article: https://kana-ot.jp/wp/yosshi/563