「また増えたのよ、困ったものね。」
祖父母のそんな呟きを、幼い頃から何度か耳にしていました。核家族化が問題視される中、私の家は二世帯で暮らしております。祖父母に父母、そして私と姉、犬が二匹に猫一匹の計9名での毎日を送っています。つい先日姉が結婚し、今は8名での生活になりました。大学生にもなると、友達とご飯を食べたり、実習やバイトで帰りが遅くなったりすることが多く、家族全員揃っての食事場面は減ってしまいました。そんな最中、祖父母が座っている席の隣に、半透明の収納箱を見つけました。几帳面にしまわれていたその中身は、余りに多くの「薬」の束です。
歳を重ねれば抱える病気も必然と増え、健康そうに見える祖父母でさえ、沢山の「薬」に支えられてやっと暮らしているのだと再認しました。「また増えた」、その言葉を何度聞いてきたことでしょう。命を支える「薬」の力を感じると共に、命そのものの危うさを怖くも思いました。「薬」が生を繋ぐとするならば、私達の命とは「薬」に依存していくものなのでしょうか。「生きること・活きること」とは何なのかを考えていきます。
例えば地震に見舞われた際、或いは台風が直撃した折に、どんなことを思うでしょう。自分の身の安全を確保しつつも、きっと近しい人の身を案じることと思います。仕事に出ている両親は無事なのか、買い物や散歩に行った祖父母は大丈夫だろうか、学校の友達は皆怪我をしていないだろうか、遠方に住んでいる親戚は何事も無いだろうか、等々。思い付く限りの人達を思って、「その人たちだけは助かって欲しい」と願う筈です。そういう気持ちは、決して間違いではなく、何より正直なものなのではないかと思います。医療も本来同じようなものなのでは無いかと、私は考えます。
高齢化率が今後も増え続け、医療の在り方や社会体制の見直しなどが必要だとよく危惧されます。未来や日本全体を見据えて活動している人達も居ますし、決してそれを軽視するわけではありません。ただ、根っこの部分では、医療に従事する方々はどの職種も、今自分の目の前に居る患者さんに対してのみ、前のめりなのではないでしょうか。「この人だけは助けたい」、「この人だけは良い人生を送ってほしい」、そんなことを考えながら、関わり得る限りの患者さん達と関わっているのではないかと思います。その気持ちの連鎖、重なりが、地域や社会を包み、医療が形成されているのだと述べたいです。
さて、贔屓目となりますが、その気持ちを特に強く抱えて働いているのが、作業療法士なのだと考えます。時には「薬」がその人を「生かす」のかもしれません。とは言え、「生きていること」と「活きていること」は得てして異なるものです。それでは、人を「活かす」ものは何なのか。それは人と話すことなのかもしれません。お気に入りの音楽を聴くことかもしれないし、大切な誰かを想うことかもしれません。釣りや盆栽等の趣味に没頭することだって挙げられますし、一社員や親、学生や団体統率者等としての役割を担うことだって、人を「活かす」ものです。その人がその人らしく「活きていく」には、何を行うこと(どんな作業)ができないと困るのか。その人にとって「意味のある作業」を一緒に考え、可能にする手段を模索していくことが作業療法士の役割です。疾病や障害そのものではなく、自分の目の前に居る患者さん個人を、精一杯理解しようと努めます。
ところが、実際のところ患者さん一人ひとりに対して費やせる時間は限られてしまっていると教えられました。人数や時間の問題であったり、そもそも患者さんのその人らしさを汲むこと自体が難しかったりします。恐らく、将来私達が作業療法士として行えることは「これっぽっち」しかありません。患者さんの想いを傾聴することや、ちょっとしたきっかけを提示すること、少しばかり環境を整えることくらいしかできないことが珍しくないのだろうと感じています。ただ、人の生き方を彩るものは、そんな「これっぽっち」であるようにも思います。
もしも生かされて生きる様な患者さんの人生に、作業療法士が関わることで、患者さんの主体性が少しでも生まれたならば、生きたくて生きる人生に変わっていくことでしょう。その関わりとは必ずしも大きなアクションではなく、「これっぽっち」の積み重ねです。生きたくて生きるとは即ち、目標や目的、希望や夢が存在するということです。心をケアし、生活に活発さを創り出していく。患者さんを「活かす」職業が作業療法士だと、学生の私は捉えています。患者さんとの関わりや、実際の臨床の場で壁にぶつかることがあると思いますが、その時には「自分は何を目指しているのか」を思い返していきます。ただひたすらに、自分ができる「これっぽっち」を探して行きたいです。
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