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【中堅】作業療法士を目指す方、迷っている方へ 船本有紀OTR

作業療法士を目指す方、迷っている方へ-船本有紀OTR船本有紀OTR(平塚養護学校)

 私はここで伝えられることがあるようなOTではないのですが、OTを目指す方の参考に少しでもなればと書いてみることにしました。

 OTは高校生から知っていましたが、私には無理だと思っていました。人とのコミュニケーションが苦手で、今でも初対面の人とはうまく話せません。当時、障害をもった方々とも接したことがなく全く自信がなかったのです。

 OTになろうと思った契機は少し社会経験を積んだ後で、勤めていた会社が傾き始めたときでした。丁度お金のためだけに働くことに疑問を抱き始めた頃で、仕事について見つめ直すよい機会となりました。やりがいがあり、かつ自分に向いている仕事を探す中で‘作業活動を用いて治療、指導及び援助を行う’というOTは魅力的でした。ものを作るのが好きで被服の大学卒ということもあり作業活動を用いるOTは私に向いていると思ったのです。実際にはOTはそんなに単純ではなく、ただもの作りが好きならばもの作りを仕事にすればよかったのではないかと思うこともありますが・・・

 その後、見学した病院のOTからの「OTは“人が大好き!!”っていう人でなくても大丈夫、アプローチの仕方はそれぞれだからその人なりのOTをすればいい」という言葉も、私を後押ししました。

 養成校では社会経験のある人が多くそれも心強いことでした。養成校での友人は今も宝です。他の学校より社会人経験のある人が多いのもOTの養成校の特徴かもしれません。

 OTデビューは他県職員でした。就職内定は早かったのですが配属先は1週間前までわかりませんでした。結局、配属されたのは子どもの医療福祉センターでした。知らない人、土地、仕事、初めてのことが苦手な私には試練の連続でした。同じ分野で働く友人もなく、仕事を共有することもできず我ながらよくやっていたと思います(笑)その上、子どものOTには、親御さんがほとんど付き添います。ひたすら子どもにだけに関わり、親御さんとのコミュニケーションは全くとれていませんでした。でも不思議なもので、5年も経つと苦手だった親御さんとも冗談を言い合って大笑いできるようになっていました。人は成長するんですね。

 さて、その頃のOTはというと、同じ子どもを長く担当することで慣れてきた部分もありましたが、行き詰まりも感じていました。異動希望を出そうかと思うほどでした。

 実際には8年目で精神保健福祉センターへ異動となりました。精神科の経験がない私がベテランの心理士や保健師に混ざり精神保健相談を受けるのです。電話相談を受けながら、冷や汗をかき、ひどい肩こりにも悩まされました。とはいえ元々は精神障害分野希望でしたので、頑張って勉強すれば何とかなると思っていました。でも間違いでした。モチベーションは上がらず浮かぶのは子どもたちのことばかり、8年間で発達障害のOTの魅力に取りつかれていたのです。職場を離れて初めて気づきました。

 子どもたちのOTはうまくいかないことも多かったですが、子どもたちの成長も見られるのでやりがいもありました。子どもたちから元気ももらっており、よく笑顔でOTをしていたことを思い出しました。

 もう一度子どもたちと関われる仕事がしたいと転職し、昨年4月より今の職場で働いています。学校では医療職場と異なりOT室での切り取られた子どもたちの一面だけの姿でなく、毎日の生活を見ることができるので魅力的です。立場は教諭ですが直接担任はせず、担任の先生方の支援をするという形で仕事をしています。子どもたちが何に困っているのか、何が原因なのか、どのような支援策がよいのかを同じ担当の先生方と一緒に考えています。医療で行っていたOTのように直接子どもたちに関われず正直歯痒いこともあります。でも先生方にわかりやすく支援方法を伝えられ子どもたちを支援してもらえれば、1対1でOTをするより効果的な支援となり、多くの子どもたちが生活しやすくなるため日々試行錯誤しています。そしてなにより、また子どもたちに毎日関われていることに感謝しています。

 これからOTを目指す皆様、決めかねている皆様、OTの仕事は幅も奥も深いです。最初から希望する職場、立場で働くことは難しいかもしれません。もちろん私も今のような働き方をするとは夢にも思いませんでした。ただ職業選択においても、OTになった後も、精一杯やっていればやりたい分野が見つかり働けるようになるのではないかと思います。まず一歩踏み出せば辛いときがあっても、道は開けると最近は思っています。

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