Tag: 就労

就労って難しい

イメージ_壁掛け このところ,障害者雇用をしている企業の担当者さんとご一緒する機会が多くなりました.
 やはり知的障害や身体障害が多く,高次脳機能障害は数的に少ないのですが,どこの会社も,職場環境や業務内容への配慮,手順書などを取り入れてくれている印象があります.

 ところが,セルフモニタリングが苦手な高次脳機能障害者には,この配慮がわからないのです.
 わからないことは仕方がないのですが,セルフモニタリングができないと,なんでも他者のせいにする…社会人としては未熟と言われてしまいます.

 どこの担当者の方も困っていることは「すみません」「ありがとう」が言えないことです.
 仕事ができないこと以前に,社会人としてのマナーが重要視されていることを意識して支援する必要がありそうですね.

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Aさんの場合

イメージ_ハカラメ AさんとBさんは,すてっぷなな利用開始時24歳.麻痺はなく,高次脳機能障害の症状も似ている2人.注意障害,遂行機能障害,病識欠如などが生活上に影響していました.でも受傷・発症後の将来の目標や生活イメージは異なっていました.面談や話し合いを重ね,今後の目標と支援の方向性を探りました.今回はAさんについて紹介します.

本人:「復職したい.それ以外の仕事はしたくない.」
家族:「症候性てんかんがあるので仕事は無理.」
支援者:「復職は難しいが,何らかの仕事に従事することは可能.」

 利用開始3カ月後の面談で,三者の足並みは揃いませんでした.このままでは平行線… 本人の気持ちはわかるけれど,若干固執傾向か?いずれにせよ特殊な技能を要する仕事なので,注意障害が残存する状態では難しいだろうな.症候性てんかんについては,薬と疲労に気をつける以外の方法はないし,治るのを待っていたらいつになるかわからない.まだ若いので,このままの状態で過ごすのはもったいない気がする.
 私の頭の中では,こんな思いがグルグルと回っていました.でも,この思いは本人と家族の考えとはかけ離れています.何か突破口はないかな?と日々探っていきました.
 「症候性てんかん」は三者共通の不安要素だったので,まずはここから検討することにしました.主治医からの情報によると,服薬は必要だが,日常生活に問題はなく仕事もOKとのこと.あとは発作の傾向がわかれば,不安要素も減るはずです.本人に日記をつけてもらい,様子を見ることにしました.
 すると発見が!どうやら発作が起こりやすい状況として,睡眠不足と疲労感がありそうでした.主治医に連絡,本人・家族へ説明をしていただき,「仕事に向かって頑張ろう」と方向性を示してもらうことにしました.

 ここまでで既に1年が経過.家族は働くことに対して前向きに考えるようになりました.あとは本人の希望をどう叶えるか…復職は無理,と言うだけでは納得できません.復職するために必要なことを本人と一緒に考えました.
 「こんな場面で注意力が欠けていたらどうなる?」「疲れやすくなってるけど,体力に自信はある?」などすてっぷななでの様子と職場での業務内容を合わせて話をしていきました.この作業に約半年.地道な,発展性の少ない話し合いにも見えますが,この過程を飛ばすと,すぐに振り出しに戻ってしまいます.

 話し合いを続ける中で,支援の方向性が見えてきました.本人の希望に寄り添い,支援者の思いと一致できるもの.それは復職の前に,そのステップとして別の仕事を経験することでした.
 就職して「働く自信」と「体調管理」を身に付ければ,その後キャリアアップとして元の仕事を目指せるのではないか,と提案したのです.本人も納得してくれました.この時点で利用開始から2年が経過しました.

 すてっぷななの利用期間は3年.退所して新しい仕事を始めました.現在,彼は「大変だ~」と言いながらも一生懸命働いています.自分のことだけではなく,会社のことも考えながら…とてもたくましくなりました.同僚とも楽しく過ごせているようです.
 先日,久しぶりにすてっぷななへ顔を出してくれたので,ゆっくり話をしたのですが「今の職場で頑張りたい」とのこと.しばらく見守っていきたいと思っています.

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一泊旅行は伊豆でした

イメージ_茶摘み 旅行当日,大雨洪水警報発令中.私は大渋滞に巻き込まれ遅刻しました.とても気まずい状況に….でも私の到着に利用者は気付かず,ボランティアさんと楽しそうにしています.和やかで良い雰囲気!初対面の人とも,積極的に交流することができていました.
 今回は普段来ていただいているボランティアさんのほかに,高次脳の余暇支援をしていた方と,横浜市内の病院で働いているOTの方に協力していただきました.旅行など普段と異なる状況では,利用者の行動で予測のつかない部分が多分にあり,職員だけでは対応が難しいので,ボランティアさんが不可欠です.しかも今回は,高次脳機能障害の特性を理解している人を確保できたので,最大の安心を得ての出発ができました.

 旅行の行き先については,5月から利用者が話合いを進めていました.静岡・山梨・千葉・長野プランの4つが候補として挙がっていましたが,食べ物の魅力から静岡に決定したようです.

 初日はバナナワニ園やシャボテン公園で動物を見て喜び,次の日は茶摘みやビールのビン詰め体験でぐったり(茶摘みチームは暑さで,ビールチームは酔いで…)して帰ってきました.

 今回の旅行では,復職が決まった利用者からあいさつをしてもらう場面がありました.意識障害が回復し「これからどうなるんだろう?」という不安でいっぱいだった時期にすてっぷななで仲間と出会い,心の支えになったこと.支援者との関わりで,復職の可能性を見出し,そこまでの道のりが具体的にイメージできて心強かったことなど,自分の言葉で,話してくれました.これから社会への第一歩を踏み出す仲間たちに,とても力強いメッセージを残してくれました.途中,感極まって涙も.私も一緒にもらい泣きをしてしまいました.彼女の話を聞き,すてっぷななを立ち上げて良かったな,と改めて感じた時間でした.

 たくさん笑って,たくさん泣いて,たくさん食べた2日間でした.

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