地域リハ部ではH21年度より、県内の障害者・当事者団体との交流・連携を推進するため、活動取材を行い、その様子を県士会ニュースで紹介してきました。
取材の際に、認知症者のご家族から、「認知症の人に対して作業療法士がどのように関わっているのかわからない」「地域に作業療法士がいるのか?」といった声が多く聞かれました。それらの当事者の声からは、認知症の方の地域生活支援に関わる作業療法士の少なさや、活動自体がよく知られていないことが伺われました。
そこで今回、地域リハ部の試みとして、認知症の方に関わるベテラン作業療法士から、認知症の作業療法における基本的な考え方や、実践の工夫等を教えていただくインタビューを企画しました。現在そして今後、地域で認知症の方に関わる作業療法士にとって実践のヒントとなることを期待しています。本号と次号に亘って、佐藤先生のインタビューをお届けします。
「認知症のある方への作業療法・前編 成功と失敗」
財団法人積善会 曽我病院 認知症治療病棟 佐藤良枝 先生
プロフィール:県内の養成校卒業後、静岡県で小児分野の作業療法に従事する。その後神奈川に戻り、介護老人保健施設(以下、老健)および曽我病院勤務を経て、老健の作業療法士としてリハビリテーション全般に従事。本年4月から再び曽我病院認知症治療病棟に勤務している。臨床25年目。
―はじめに、現在のお勤め先について教えてください。
曽我病院は、急性期病棟1、療養病棟4、認知症治療病棟2、大規模デイケア・ショートケアを有する精神・神経科の病院です。私が勤務する認知症治療病棟は、定員53名で男女比はほぼ1対1、50~90歳代の方が入院しています。OTは病棟に1名で、入院時にスクリーニングをして、必要なリハビリテーションを検討、大集団と小集団、個別を併用して実施しています。車いす使用の方も多いのですが、老健では当然OTの業務であった車いすや姿勢の管理など身体面へのアプローチが、認知症病棟のOTでは未だ十分フォローできておらず、その点は今後の課題です。
―認知症のある方との関わりで、成功したことや効果を感じた経験をお聞かせください。
成功や効果というよりも、私はモノゴトは相互関係の中で起こると思っています。以前、いつも顔を強張らせた認知症の患者様がいました。その方はうまく言葉が出ず、いつも職員の手を掴んで引っぱり、ドアを開けて欲しいことを行動で示しました。職員は皆「あの方は拘りが強くて。何を言っても、どうしてもダメ」と対応に困っていました。ある時、私の手を引っ張るその方に「私、今は行けないのです。ごめんなさい」と言うと、その方の手が「緩む」という経験をしました。時間をかけて関わっていくうちに、その方は「今は行けません」と言うと、いつもすっと手を緩めてくれるようになりました。声をかけると、言葉にはならないものの、次第に、表情に変化が出て目元や口元が笑うようになり、それを見た周りの職員の対応・ケアは、以前とは違うものへと変わっていきました。その方は、声を立てて笑うこともできるようになりました。つまり、こちらが変わると相手も変わる、ということだと思います。
もうひとつは、食事の介助に関することです。重度認知症のある方では口腔・嚥下の訓練実施は難しい場合が多いのですが、そのような方でも、食事介助だけで変わっていくことを何度も経験しました。ある方は、赤ちゃんの吸啜様に口をチュウチュウと啜るだけだったのが、今では、スプーンを目の前に少し待つことが出来るようになり、さらに舌の動きも出てきました。専門的な訓練を実施したのではなく、OTが食事介助を毎日継続することだけで、対象者が変化したのです。これが何を意味するかというと、その方に合った適切な介助(ケア)を行ったから、本人の持っていた本来の能力が引き出されたのだと思います。しかしこれは逆に考えると、こちらの不適切な介助に相手が適応した結果として、不適切なパターンを学習することがあるとも言えます。これはとても怖いことです。日頃の自分のあり方を見直すことがまず大切だと思っています。
―認知症のある方を支えるチームの一員として、OTができることは何でしょうか。
私はまず、OTと対象者の1対1関係の中で、対象者の良い変化を導きだすように心がけています。OTは、他職種に比べ、対象者の能力を最も見出し易く、対象者の能力を信じることができる職種だと思っています。
―対象者の「能力」を生活に活かすために、他職種との連携方法に何か工夫はしていますか?
対象者の変化を定着させ、再現性のあるケアを確立してから、看護・介護によるケアに引き継ぐようにしています。
これは、対象者にも「失敗体験をさせない」、そして他職種の方々にも「失敗体験をさせない」といった考えからです。
「OTが言うからやってみたけれど、やっぱり上手くできない!」などと、チームワークの悪さからケアの失敗を招くと、対象者が本当はできることも「できない」という烙印を押されてしまうことに繋がりかねないからです。
私は今の職場では、基本的な知識の共有として、看護・介護職員対象に、少人数での勉強会を実施しています。またケア場面では、ケアの違いによって対象者が「こんなにも変わる」ということを他職種の方に体験してもらうようにしています。しかし、他職種との連携については、職場によってさまざまな状況があると思います。より高度なレベルで他職種との関わりができる職場もあれば、そうでない職場もあると思います。たとえ、どのような状況でも、おかれている状況の中で「双方がつぶれない」「関係性を保つ」ことを前提に、Bestを望むのではなくてBetterを積み重ねていく、状況を改善していくために今の自分ができることを考え、積み重ねていくという姿勢が重要だと考えます。
―認知症のある方と数多く関わってきた佐藤先生ですが、失敗したという経験はありますか?
失敗はたくさんあります。その中でも10年以上前の「脳みそ預かり事件」は、今でも対象者の顔が思い浮かぶ程、忘れられません。ある女性が、「次のトイレに行く時間は何時だい?」と私に尋ねてきました。私は「○時ですよ」と答え、「時間になったら声をかけますね」と付け加えました。すると、その方は「わははは」と笑って、「そうか、脳みそ預けちまえばいいんだ」と言われました。その一言は私の胸に刺さりました。よくよく考えると、その方は尿意があって、それを言葉で伝えることもできて、確認のために夕方職員が自分に声をかけてくる、ということも理解していました。私の発した「時間になったら声をかけますね」という言葉は、その方ができることまで私が奪ってしまうことを暗に伝えています。私は何も考えずに、そのような言葉を口にしていました。対象者の脳みそを奪い、私の脳みそが、その方の身体を動かしてはいけない。対象者の自律と援助のあり方について深く反省しました。これは、今でも忘れられない大きな失敗です。
もう一つの失敗も、10年以上前のことです。ある女性に、雑巾縫いをしてもらいました。縫い目も細かくきれいに揃っていて、スムーズに手先を動かしていたので「上手ですね」と声を掛けました。しかしその方は険しい表情で「こんなに下手になってしまった」と何度も繰り返しました。そばにいた看護師が褒めてもその方の表情は険しいままでした。その方は昔、近所の人の羽織まで縫った実力のある方でした。傍から見れば、その方の雑巾縫いはとても上手に見えていたけれども、本人はきっとその時「昔の感覚とは違う」ことをはっきりと体感されたのだと思います。その方自身がどう感じているかということは、見た目や結果だけではわからない。特に、はっきりと形に残ったり、明確なフィードバックのあるアクティビティは、慎重に取り扱わなくてはいけないのだと実感しました。
―佐藤先生のように、自身の言葉かけや行動のあり方を見返すことのできる、OT自身の感性も大切ですね。
私は、学生時代の経験が役立っていると思います。授業で手の装具を作成した際、先生に「型紙をきちんと作りなさい」と言われました。他の授業では、「作業を対象者にやってもらう前に自分で一度やってみなさい」とも。共通しているのは、事前準備をきちんとしなさいという教えです。また、「君たちの様な若造が人様の手助けをしようなんて無理だ」と言われたこともあります。ショックな言葉でしたが、否定もしきれない自分がいました。「だからこそ努力しなさい」と言われたことが、今も心に響いています。
―初心を忘れないことは、とても大切ですね。是非、仕事に悩みを持つ若手OTの方々にも伝えたいですね。
若いOTの方は、「良いことをしよう」と考え過ぎではないでしょうか。その前にまず、「悪いことをしない」ことが何より大切だと思います。良いことをしようとして、やってみるのはいいのですが、それが却って対象者を悪くしていることはないでしょうか?「悪いことをしない」ように意識し実行することは「良いことをしよう」とする以上に困難な面もありますが、だからこそわかることもたくさんあると思います。(次号に続く)
(文責:河村)