~作業療法への他職種から提言~

~作業療法への他職種から提言~
 生活維持向上倶楽部「扉」(地域密着型通所介護)

皆さんこんにちは、制度対策部 社会保障制度班です。当班では、他の職種からの作業療法士に対する意見を伺い、作業療法士以外の視点で作業療法に求められるニーズを探っていこうと考えました。今回、介護事業所を運営している方に、事業の取材をするとともに、作業療法士へのご意見を伺ってきました。
取材班は横浜市泉区の地域密着型通所介護「生活維持向上倶楽部「扉」」を訪れ、代表の山出貴宏さんにお話を伺いました。

(写真)生活維持向上倶楽部「扉」外観
【生活維持向上倶楽部「扉」の活動】
「扉」では利用者(以下メンバーさん)の活動として「畑での野菜つくり」、「近くのごみ集客場の掃除」、「近所のお店で買い物」、「門松つくり」などを行っています。特に、畑での野菜づくりは、代表の山出さんが、開設時絶対にやりたいと考えていたそうです。現在、事業所のすぐそばにある大家さんの庭の畑をかりて野菜を育てています。
畑をやりたいと考えた理由は2つあり、1つは工程をふまえた(土づくり、植える、育つ、収穫する、食べる)手続き記憶を使った活動であるということ、また、もう一つは外へ出る一つのきっかけ作り。寒いから外に出るのがいやと言いながらも、行ったら寒かったけど外に行かないと病気になっちゃうから行ってよかったと言われながら帰ってくることもあるそうです。
また、山出さんが建築業界で仕事をしていた時、バリアフリーの施工した対象者が外に出られなくなったという話を聞き、話を伺ったところ、バリアフリーにしたところは注意力が低下していても大丈夫でした。しかし一歩外に出たらバリアがあり、それが怖くて外に出られず、認知症は進行、機能の低下につながっていたということが分かったそうです。そのとき「生活は室内だけじゃない。IADLや本来の生活を考えると外に出るキッカケを作っておかないといけない。」そう考え、機能訓練として畑仕事を実施したそうです。

利用者さんが野菜を育てている畑

他の活動でも様々な成果があります。ごみ集客場の掃除で、地域の方々に認知症のメンバーさんの活動が見てもらえたり、居酒屋ランチで同じ空間で食事をすることで、認知症の理解が広まっています。
また近所のお店で買い物などを行う活動では、認知症の症状で計算や商品の選択が難しくなっていた方が、はじめ2~300円の物に対し一万円しか出さなかったのが、お店に協力いただき継続して買い物に出かけた結果、欲しい商品の選択と一円単位での支払が出来るようになりました。その後、一人で近くのお店まで買い物にいけるようになり、実生活につながった方がいらっしゃいます。
当事業所の毎年の取り組みで、門松を創る活動があります。門松をただ創るのではなく、門松制作に向け、手続き記憶や見当識に働きかけるように、発砲スチロールに土作りから始め田植えをし、米作りから取り組んで行く事を実施しています。この門松創りは、あるメンバーさんが、門松を自分で作った経験があるの一言と、他のメンバーさんが藁で縄を編めるとの一言が会話の中であったので、その二つのキーワードを引き出し、門松を縄編みからの工程が出来ると確信し、制作をしてみました。初めて創った門松を事業所の前に飾っていたところ、来年うちにも作ってほしいという方が声を掛けてきていただけ、商品となっていきました。(※現在は、毎年3~5対制作しています。)

(写真)施設の前にかざられている門松


(写真)門松の縄に使う稲を育てています

また、美容師さんのカラー用のキャップを作って欲しいとご依頼をいただけ、メンバーさんが一枚一枚、手縫いで商品を作っています。また、その他にシュシュや髪飾り制作もご依頼がいただけ作っています。それらの商品を収め、給金をいただき、その現金をそのままメンバーさんにお渡ししています。(有償ボランティア)もちろん、認知症の診断がついている方々が対象です。また、脳梗塞の後遺症がある方もいらっしゃいます。
さらにその他では、活動や取り組みをしたとき努力報酬として事業所内で疑似通貨が支払われます。脳トレやレクはありませんが、物創りはあります。自分たちで作った商品(例えば、青竹踏み・鍋敷き・絵葉書等)が欲しいと思ったら、この疑似通貨で買っていくという仕組みがあります。畑で育てた野菜も、疑似通貨で買えるようになっています。その他には、ドリンクバーで飲みたい飲み物や、祭りなどで作る焼きそばやかき氷等も、食べたいだけ日頃の努力報酬で買ってもらいます。その為、自分たちが「欲しいい」「作ってみたい」と思ったものを作られます。家に持って帰っても飾られなかったり、使われない様な作品(商品)の制作では、ただただやらされているだけになってしまうと感じています。ここでも、しっかりと手続き記憶等や潜在している能力の引き出しにつなっがっていると思います。

【施設設立の経緯】
山出さんは、MSW・PSW(当時)の専門の勉強をしていた中でバリアフリーを学びたいと思い、卒業後に建築業界に就職。その後、訪問入浴、特別養護老人ホーム ケアワーカーを経験。その後「生活維持向上倶楽部「扉」」を設立されました。介護事業所を開設しようと考えたのは、特養で働いている時のある経験が大きく影響しています。同僚のケアワーカが「私たちみんな頑張っている」と言っているのを聞いた時、山出さんは疑問を持ちました。「一生懸命なのになんで認知症の方がこんなに進行しているのだ、なんでこんなに拘縮しているのか。そこに尊厳がまるでない。」「マイナスの成果ばかりで、誰の為に頑張っているのか。」「自己満足でしかないじゃないか。」と考えてしまいました。
山出さんは、そこにエビデンスがないことに気づき、自ら学び実践につなげていきました。周囲には、彼に賛同する人も多くいましたが、その反面、今までのやり方を変えたくない、変えられたら困る、自分中心のケアをする人からは反発も多くあり、技術改善等を陰口などで阻止しようとされたそうです。
そのことについて、山出さんは「私たちの手でその人の命を縮めているし、生活を奪えっている事に気づこうともしていない」と語ります。不適切な対応を改善しようともしない事・目先の事ばかり考えて対応している現状に、絶望感を感じ、介護職を辞めようと考えたそうです。しかし、入所する前に進行の予防が出来ご自宅生活を継続出来たらと考え直し、通所事業を開設しました。「私たちが今やっていることは、生活を守るという部分を考えている。生活があるから命が全うできる、命があるので生活できる、本気で生活を営む事を護るケア・関わりを日々考え実践している。」と山出さんは熱く語りました。

【潜在している能力を適切に発揮させる】
また、今持っている現有能力を最大限に発揮させることはせず、適切に発揮し使っていただけるようにサポートする、潜在している能力を適切に引き出し奪わないで維持して行く事が「扉」の活動の特色です。その為に、根拠ある介護技術を徹底しています。そして、適切な介護技術がなければ認知症ケアは出来ないと考えています。
片麻痺の方が、非麻痺側で努力し自走出来るから自分でやるようにとただ伝える事は絶対に間違っていて、それはケアではないと考えています。どうやったら努力性を軽減し自走できるかを、ちゃんと介護職が伝えられないといけないとも考えています。
立ち上がりについても、縦手すりだけで立つのは、立っているのではなくて自分を引き上げているだけで立ち上がりの根拠がなく、ただただ連合反応を繰り返す事を日常生活の中で提供してしまっている。その結果麻痺側が拘縮に移行してしまう。その為能力を最大限に発揮するのではなく、適切に発揮していただく事に目を向け取り組んでいます。
「数年前から過用、誤用という言葉は、介護士の勉強の中に入ってきており、既にリハ職から介護に落とされている内容になっている。生活の中で引き起こしている事が多い事が分かってきた以上、これはもうリハビリではなく、生活である。介護がやれないといけない」と山出さんは感じています。例えば、ゆったりと座れている方にも、「ちょっとこうやってみません」と筋緊張が軽減する等のシーティングの助言も行っています。また、その一つの動作だけを見るのではなく他の動作にも目を向け、立ち上がりや歩行動作にも繋げていきます。
しかし、介護職の現状として、過用・誤用を知らない方が多すぎるとも山出さんは語ります。
「できることは頑張ってどんどんやらせている。歩けるからと、正中位も保てていない状態から、手引き歩行をして腰が引けて歩きにくい状況になっている。しかしその現状が分からなく、引きずっているように連れていかれるだけになっている。なぜ、しっかり立位を介して、足に体重が伝達するまで待てないのか。その後左右バランスを少しサポートすれば、手を引かなくてもしっかり一人で歩ける方がたくさんいる。そういうことも介護士がちゃんとできれば、事実上のリハビリにも繋がって行くと思う。」
全介助ありきの考え方や、リスク管理の間違いで、その人に何をしてあげるかだけを考え、やってあげる介護を見直していかなければ、その方の能力・生活を奪っているだけでしかなので、介護士はそこに気づき絶対にやめなければいけない。「その人は何ができるか」を真剣に考える必要がある。そうしなければ、今までの介護の現状のままで、その方の能力を奪い・病気・障がいを進行させてしまう事にすら気が付けないでいると考えている。」
「過去を見直し、今を変えていかなければならないと思っている。まずは自律支援、立つ方(自立)じゃなく律する方の自律支援をいかにできるかって考える。そこからその人がそれを出来なかったら、立つ方の自立支援を部分介助で提供して行く。そして一緒に行う。病気が進行すれば、完全にサポートが必要になるかも知れないが、どんなことでも自立(律)を見極めていくっていうことをしていけば「尊厳」も守れる事に繋がるのでは」
「例えば、お客さんへお茶を出す事は普通なら職員が出してくる、でも「扉」ではお客さんに気が付いたメンバーさんがお茶を出しをしてくださる。(取材中に取材班に利用者の方にお茶を出していただきました。)僕たちはそのきっかけを少しお手伝いするだけ。その事が、必然的な役割形成にも繋がっていく。」

(写真)お茶は自分で入れ、所内貨幣を使うように用意されている

【作業療法士への意見】
最後に山出さんに作業療法士に対するご意見を伺いました。
「OTさんに求めることはまず、PTさんとの役割を分割してほしい。OTがPTと同じ事をやっていることが今まで多かったのではないかと思う。それは、OTであるのにもかかわらず、何をしていいのかわかってなかった方に沢山出会ってきたからそう感じてしまう。PTさんのニーズである、直接的な拘縮予防、原状復帰のためのリハビリにOTさんが入っているところがある。確かにそれも大切かとは思う」 
「でもOTさんは生活の部分の位置づけだと思う。そして、僕たち介護職が、生活を守るためにできることをやるので、それ以上のものをしてほしい。介護職では出来ない事を見出してほしい。」
「点じゃなくて線で考えて、その時その時の生活動作ではなく、日常生活つまり一日の流れで考える。拘縮している方や、麻痺がある方で寝返り打てない方に、体位交換やポジショニングを主に提供することは介護です。それをOTさんが教えてくれるのは確かに大切かもしれません。しかし、介護職がしっかりと提供できるようになれば、違う事を伝えて欲しい。今の介護って今しか見ていない。出来れば、今と先、すなわち予後を伝えていいてほしいと思います。逆に、介護士もしっかりとした介護技術を提供できるようにならなければならないと心底思います。」
「例えば、PTさんはこのままいくとこういう拘縮に移行して行くや、疾患、症状がでてきてしまう等の障害特性とかを踏まえて、話しをしてくれる。OTさんは障害特性とか、疾患を踏まえたうえでこのままだと今後の生活がどうなって行ってしまうのか。そう言われると、私たち(介護職)は焦ると思います。」
「そして、生活動作をどうやっていこうかとなった時に相談が出来、一緒に考え、介護の人はここをメインにやって、OTはこっちからアプローチするからって言う体制が取れれば、間違いなく生活機能の維持や向上になるのではないでしょうか。生活動作について介護にはできないものを沢山見出して対応していただいて、介護職と作業療法士でセッションしてその方の生活を護って行きたい。」

【取材を終えて】
利用者の自律支援に取り組む方針を情熱的に語ってくれた山出さん。利用者に役割を持たせる事業所づくりや、バリアフリーが機能低下を招く可能性という可能性、利用者に全力を出させない動作の指導、長期的な見方など刺激を受けました。また、介護と作業療法で相談できる体制が作れると、利用者の生活向上につながるという作業療法に対する期待も感じました。OTが生活の予後を考え、介護職など他職種に伝えることが必要であり、さらに現在進められている、「生活行為向上マネジメント」の推進も他職種に求められることの一つであると感じました。

山出貴宏 氏 取材時撮影

山出貴宏 氏 (Yamade Takahiro)
株式会社NGU代表取締役
介護福祉士  社会福祉主事  福祉用具専門相談員  認定自律介護技術1級 シルバー総合研究所研究員
NPO法人みんなのみらいサポート理事 
NPO法人横浜市地域密着型通所介護事業所連絡会 D-net横浜 理事/会長
NPO法人認知症フレンドシップクラブ横浜事務局 代表
【ご経歴】
東京福祉専門学校 医療福祉科卒業
卒業後、建築業界、訪問入浴、特別養護老人ホームを経験し、その後「生活維持向上倶楽部 「扉」」設立
【株式会社NGU】
通所介護事業 生活維持向上倶楽部「扉」開所5年 
1日定員10名 月平均稼働9.5名 現在各曜日に利用待機者あり。介護保険・介護サービスから卒業された方もいる。
訪問介護事業 生活維持向上倶楽部「心」
介護研修事業 「ステップ」

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