今回のここへ行ってきたは神奈川県外での取材となりました。認知症の方に対して自立行動を促す「情報支援パートナーロボット」を開発しているとの話を聞いて埼玉県の所沢にある国立障害者リハビリテーションセンター研究所に行ってきました。
国立障害者リハビリテーションセンターは昭和54年に障害のある方々に医療、福祉の両面から総合的なリハビリテーションを行い、その成果を全国に発信、普及することにより障害者の自立と社会参加に寄与することを目的に設立されました。その中で研究所はリハビリテーション支援技術、福祉機器の研究開発、社会システムに関する研究や発達障害に関する情報提供など多岐に渡った役割を担っています。元々飛行場があった場所とのことで広大な敷地には研究所の他に病院や就労支援を行う自立支援局、リハビリ分野の学校があると共に、障害者のための自動車訓練所や陸上競技場など様々な設備が整えられています。
私が取材に行った当日は駅から研究所へ行くまでに視覚障害の方が歩行訓練をしている姿をたびたび見掛けました。初めて行くとしても駅から視覚障害者用の点字誘導ブロックが敷かれており、それをたどることで迷わずに着くことができました。
情報支援パートナーロボット~認知症の方と会話~
ロボットがどのように認知症の方と会話をするのか?そんな興味もありつつ、国立障害者リハビリテーションセンター研究所の福祉機器開発部へと向かいました。この研究は国立障害者リハビリテーションセンター研究所と共に東京大学と産業技術総合研究所が共同開発したものです。昨年9月の国際福祉機器展にも展示されていました。実際にロボットを見てみると非常に可愛く、愛嬌があります。NEC製のPaPeRo(パペロ:写真)という高さ40センチ程のロボットが話します。「○○さ~ん、ちょっといいですか」と呼びかけられて「何ですか」と私が応対すると「今日はデイサービスに行くんですね」「出掛ける前にトイレにいったらどうですか」と活動の促しを行ってくれます。今回の取材では情報支援パートナーロボットについて国立障害者リハビリテーションセンター研究所、福祉機器開発部部長の井上剛伸先生が詳しく説明して下さいました。
注意力や理解力が低下した認知症の方に対して音声認識機能と音声発話機能を持ったロボットを利用しているのですが、人間同士の対話構造を基にしているのが特徴とのことです。(下表)
- 注意喚起…認知症の方へ名前を呼ぶことでロボットに注意を向ける。
- 先行連鎖…これから情報を伝えるとういことを予測してもらう。
- 情報伝達…本題、実際の情報を伝える。
- 対話終了…確認、促しの声掛け
認知症の方の生活障害 | 発話の種類 | 発話内容 |
外出することは覚えているが、いつ外出するのかは覚えておらず、外出を想起させるきっかけが必要である |
注意喚起 |
○○さん、ちょっといいですか |
先行連鎖 |
○○さん、今日もデイサービスに行くんだよね |
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情報伝達 |
そろそろデイサービスのお迎えが来る頃だと思うから、 |
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対話終了 |
出掛ける前にトイレに行っておいたらどうかな? |
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スタッフなどが訪問した際、インターホンが鳴っても気付かないことが多い |
注意喚起 先行連鎖 情報伝達 対話終了 |
○○さん 誰か来たみたいだから 玄関に行ってみたらどうかな よろしくね |
直接的な主題となる「情報伝達」をすぐに行うのではなく「注意喚起」「先行連鎖」を踏まえて会話をしています。私達の臨床でも認知症の方との会話で同じように話し掛けていることはありませんか?このようなやり取りをロボットが行っていることに私自身、とても興味深く感じました。
97歳の女性、アルツハイマー病の方とのやりとり
効果検証のため、実生活場面において軽度認知症の方(97歳女性、アルツハイマー病)を対象に活動の促しを行っています。その結果、認知症の方が行うべき行動を判断し、自立・自律行動を行えることがわかりました。その内容は表1の対話例を使い、外出前にトイレを済ませる、ヘルパーを玄関で出迎える行動の2パターンを行っています。(下表)
対話 | 実験日 | 支援情報 | 対象者の発話 | 対象者の行動 |
1 | 1日目 | トイレへの促し | わかった、トイレに行ってくるね | トイレに行くために立ち上がるが、システムに気をとられて戻ってしまう |
2 | 2日目 | トイレ行ってきたけど | トイレにはいかない | |
3 | 3日目 | わかった、行ってみるね | トイレに行く (支援達成) | |
4 | 1日目 | 玄関への促し | ああほんと、どうもありがとう | 玄関に向かう (支援達成) |
5 | 2日目 | じゃ行ってみますね。ありがとね…ほんとかな? | 玄関には向かわず、様子を窺っている | |
6 | 3日目 | じゃあ行ってきてみますよ、ほんとかな? | 玄関に向かう (支援達成) |
取材日に私は軽度認知症の方とロボットのやりとりを映像で見させて頂きました。思いのほか自然な会話で、ロボットを子供のように話しかけている女性の姿がとても印象的でした。
以上のことから対話を用いた情報支援システム(ロボット)が幅広く認知症の方への自立支援に役立つことが期待され、今後は複数の認知症の方への実験を行い、症状の変化や多様性に対応するためのシステム開発を行う予定とのことです。期待がさらに膨らみます。そして介護サービスと連携機能を強化することで、より安心で低コストな認知症の方への24時間の自立支援体制の構築、さらには認知症の方が、パートナーロボットのサポートを受けながら住み慣れた地域でより長い自立生活を継続できるような社会実現を目指すとのことで、夢はさらに広がっていく印象を受けました。
そのような将来性を考えた中で、OTに対して求めていることについて聞いてみました。井上先生は「どのような人にどのような機器が必要なのか専門家であるOTに評価して欲しい」そして「OTは福祉機器に携わるべくもっと外に出てくれることを願っています」とおっしゃっていました。話す口調からもOTに対して期待を込めている気持ちが強く伝わってきました。ちなみに福祉機器開発部の中でもOTが研究員として携わっています。
認知症を対象にした福祉機器展示館があります
最後に今回取材した福祉機器開発部ではロボット以外の研究をされていると共に様々な福祉機器にも目を向けています。とりわけ海外では認知症のある方の福祉機器が注目され、普及し始めているそうです。しかし日本では市販されている機器は少ない現状があります。国立障害者ハビリテーションセンター研究所に併設された福祉機器展示館(現在はセンター内の別場所で展示中)では国内外から収集した認知症のある方の福祉機器(約80点)を展示しています。もちろん見て触って、体感することもできます。その中でも印象に残ったのが服薬時間を音と光で伝え、飲む分量だけ薬を出せる「アラーム付き薬いれ」(写真)です。服薬管理が困難な患者さんのことを思い出しつつ、福祉機器を使用することもひとつの選択肢と思いました。その他にも立ち上がると同時にブレーキが自動で掛かる車椅子やスケジュール把握支援機器など様々な福祉機器が紹介されています。見学を希望する方は予約制ですので事前の連絡をお願いします。
今回の取材を通して福祉機器の将来性についていろいろ考えました。技術の進歩と共にロボットが現場で活躍する日も近いのかと思うと不思議な感じもしますが、作業療法士が福祉機器に関わる担い手としてきちんと評価、活用できることが大切であると思いました。さらに、そのためには日々進化する福祉機器の動向をしっかりと掴んでいくことが必要であると感じました。最後に今回の取材に快く応じて下さいました井上先生をはじめ、福祉機器開発部の皆様、本当にありがとうございました。
(文責:千葉)
国立障害者リハビリテーションセンター
埼玉県所沢市並木4-1
(西武新宿線「航空公園」駅または「新所沢」駅より徒歩15分)
電話:04-2995-3100(代表)