「言ってくれなきゃわからない」

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私の大好きな「ゲド戦記」に
コケばばが語るこんな言葉があります。

「(略)
いいですかね、もしわしの顔にちゃんと目がありゃ、わしにはおかみさんに目があるのがわかる。
そうじゃないですかね。もし、おかみさんが目が見えなくても、わしにはそれとちゃんとわかる。
もし、おかみさんがあの子みたいにひとつしか目がなくても、反対に三つ目があっても、それもこっちにはわかる。
だけど、わしのほうに見る目がなかったら、相手に目があるかどうかは言ってくれなきゃわからない。
(略)」
ー ゲド戦記 最後の書 帰還 p.81より ー

相手に言葉にして尋ねることも言葉にして確認することも大切で必要だけれど
言葉だけに頼ったり強調されたりするのは、臨床的な意味でどうかと思う。

1つには言ってもらわないと、わからないのはどうかと思うし
もう1つは言葉以外の聴き方や確認をとりこぼしてしまうおそれがあると思います。

そういうことって
もう既に起こっているように感じられてなりません。

私たち作業療法士が扱う作業の本質としてのoccupationは
言葉によって分離されたものではない。
言葉も言葉以外のものもすべて包含した「場」のことです。 

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